きっかけ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 緊急の依頼だった。現在進行形で、竜に追いかけられている、男がいるらしい。

 現場は牧草地帯だった。背高い緑がもうもう生えた光景を左右に添えた道沿いに行くと、鹿ほどの大きさの竜が、翼を広げ、上空を旋回していた。竜の落ち着きない様子から、興奮ぎみなことが読み取れる。

「かれこれ、三時間少々になるのです」

 そこで、依頼した、竜に狙われているという男の妻から話が話す。銀色の髪色の、三白眼をしていた。

「夫が、あの竜に狙われて、あの草のどこかに、いまも隠れています」男の妻はそういい「どうか、夫を」と、三白眼を向けて来る。

 と、その時、草原から、おっと思しき男が、頭を出す。恐る恐る様子をうかがっていると、とたん、上空の竜が、直下して来た。男は、あわてて草原へ、もどり、もぐる。姿がみえなくなると、竜は上空へ向かう。

 そして、空で旋回する。

 そこまで見て「完全に狙われていますね、だんなさん」そう言った。

「はい、狙われております、完全に」男の妻も異議なく同意した。

「なにかしたんですか、だんなさんは、竜に」

「しっぽを、ふみました」彼女は、なぜか厳かな口調で言った。「わたしが」

「あなたが踏んだんですか、竜のしっぽを」

「ええ」

「あなたが踏んだ竜のしっぽが原因で、あの、だんなさんは、いま竜に追い回されているんですね」

 彼女は「はい」と、しっかりとうなずいてみせる。「あの人は、その事実を知りません」

 聞かされ、少し考えた後「そうですか」と返し、竜を払うべく、心を整える。

「あの人の大切にしている壺を、壊しました」男の妻がそう言ってきた。見返すと「木っ端でした。あの人は、その事実も知りません」と、言う。

 少し、時間を寝かせから聞いた。「その事実は、竜の件と何か関係はあるんですか」

 彼女は三白眼を閉じ、銀色の髪を振った。

 関係ないのか。

 なら、なぜ話す。

「べつのときには、洗濯を仕損じて、あの人の服も破いてしまいました」風に銀色の髪をなびかせ言う。「あの人の、死ぬほどお気に入りでした」

「それ縫って直せばいいのでは」

「修復不可のです。派手にいきましたので」

「竜とは」

「関係ありません」

 いさぎよく聞いた。「それもおれに伝える意味は」

「こんな秘密、もうひとりで抱えられません」

「だとしても、そんな秘密をこっちに流し込まれても、しんどくなるだけだ。ひとりで地平線の向こうまで抱えていてほしい」

「でも、いま、ここだと思ったの」彼女は、風にもてあそばれる髪を指先で抑える。「いましかないと、解放さたかった。いまなら、ついでに言っちゃえる、って、わたし」

「言っちゃえると判断したのが、きつい」感想を述べて返す。

 その間に、男はふたたび草原からあたまを出し、上空の竜を観る。竜は男を捕捉すると、降下し、男は身を隠す。

「あの人の人生は、総じてあんな感じです。ほぼ、わたしのせいです」

 それについては無回答を回答として示す。

 かかわると、損しかしない。じりじり生命力を奪われる、いっぺんとうだった。

「あの人を、救ってあげてください」

「あなたからですか」

 問い返すと、彼女は無表情になる。銀色の髪だけが、風に揺れていた。

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