みあうもの

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 急に、見合いをすることになる。

 たとえるなら、もらい事故をくらうほどの急さだった。

 その話を仕掛けて来たのは、立ち寄った町にある竜払い協会の幹部の男性だった。それも見合い開始時間、三十分前だった。

「いやはやぁ、すいませんねぇ、こんなとつぜんなお願いで。しかしですね、じつは、もう向こうのお嬢さんは隣の店で、準備完了の上で待っているんです、ええ」

「お見合い」おれは相手を見返していった。「すいません、あまりに唐突過ぎて、たんぱくな反応しか提供できないのですが、なぜ、急に」

「いいえ、今日、ヨルさんがここに来る予定だったので、これは、丁度いい運命かな、と、はい、ははは」

 笑ってごまかしたつもりらしい。

「笑ってごまかされませんがね」と、そこを直接指摘しておく。「決して」

 けれど、男性はそのままの調子で続けた。

「ああ、いやいやいや、これは、これはあくまでも、形式のお見合いでいいんです。言いにくいですがね、これは正直にお伝えしときますが、先方さまのお嬢さんは、その、もう何度もうちから紹介した竜払いとお見合いをしてるんです」

「何度も、ですか」

 問うと男性は「まあ」と、言葉を伸ばし「十回ほど」と、答えを着地させた。

 そうか、向こうは初回のお見合いではないのか。

 けれど、それでも今日、お見合いをするということは、これまでのものはすべて破談になったということか。

「あの、協会としては、いつも深くお世話になっている方のお嬢さんなので、その、とにかくとりあえず、会うだけで会っていただけませんか、食事だけする気持ちでもいいで」

 さらに聞かされたところによると、相手は町の名士の娘だった。その家は、代々、家督を継ぐ前の時期は、竜払いとして数年を生きる伝統があるらしい。だが、いまは一人娘しかおらず、その彼女も竜払いとして動けるほど、身体が丈夫ではなかった。

 けれど、代々続く家なので、そういう場合も決まっている。竜払いの婿養子をとってこれを対処する。

 そこで、手ごろな、おれが目をつけられたと思われる。

 相手はもう店で待っているというし、強引にもほどが、ある。けれど、断りにくい空気も充分に用意されていた。それでも「見合いをするような服はもってません」と返してみる。「この恰好では失礼にあります」

「いいえいいえ」男性は顔の前で手をふった。「むしろ、普段の竜払いとしてのあなたの姿を、このお見合いでは先方様も望まれているんです。なんせ、先方さまは竜払いを求めておりますので」

 きっと、その場しのぎで言っている。それは察知できた。

 しかし、つい、持ち前の社会性が機能してしまう。ここの大陸の協会には世話にもなっているし、これからも世話になることもある。 

 しかたない。それは声にせず、けれど、かなり億劫な感じ、かつ、しぶしぶに、一度だけうなずいて許諾を示す。

「おおお、いいですか! ではでは、さあ、行きましょう!」

 そして、そのまま協会の隣にある店へ連れてゆかれる。店構えからして品のある店だった。おそらく、高い食事を出す。

 入店すると仰々しく迎えた店員から、大衆食堂との違い、鞘から剣が抜けないよう、縛る紐を渡される。

 案内され二階へあがる。廊下にも見事な調度品が飾られていた。そして、たどりついた見合い場所は個室だった。

 部屋に入ると、二十歳くらいの女性が座ってまっていた。それこそ、いかにも見合いらしい可憐な服装をしていた。

「よっ」

 そして、陽気に手を出してあげて挨拶してきた。

「ああ、結婚しないから大丈夫だよ」軽妙な口調だった。そして「はははーあ」と、歯を見せて笑う。

 少し間をあけてから「そうなですか」と訊ねた。

「うん、そうだよ」彼女はふたたび軽妙な口調で答えた。「これ、定期的な儀式みたいなもんなの、あたしのお見合い。まあ、座りなよ、料理も出てくるよ、うまいよ、泣けるほど」

 着席をうながされ、おれはとりあえず、剣を置いて座った。

 台を挟んで彼女と向かい合う。

 これはいったいどういう状況なのか。それを確認するため、何から聞こうか考え率直に「婿を探していると聞いて来た」と言った。

「うん、だね」と、彼女は軽妙な口調を維持していた。「まあ、うちの家系的にそううなるわね、はははーあ、でも、大丈夫、このお見合いは成立しない」

 向かい合っていて、ふと、気になった。

「なにを抱えているのですか」

 それで目を見ながらまっすぐに訊ねた。

 すると、彼女は顔から笑みをゆっくりと薄め「あー」と声を発し、それから「じつは、わたしが自分で竜払いになりたいんだねよ」そう、地声らしきもので言った。

 けれど、すぐに笑顔に戻す。 

「なんか、うち、伝統で、男なら竜払い、女なら、竜払いの嫁、ってなってて、はははーあ」

 また、軽妙さを入れて笑って、言葉の末尾をしめる。

「あー、でもさ、お見合いはしないと、これも伝統だし。しとかないと、家に居づらくなる」

 ふと、また維持されていた彼女の軽妙さ途切れた。

「ずっと、竜払いになる踏ん切りがつかなくって。わたしに出来るか不安で。時間稼ぎのために、お見合いは毎回破談の方向へ持ってってるんだけどね。相手にはめいわくかけちゃったけど。性格は破綻者のふりして相手に、こいつはだめだぁ、って女のふりして。あ、ごめんなさい、あなたにも悪いことしている」

「おれは無事だ」

「ごめんね、いつもはうまく破綻者やってたんだけど、今日は、なんか、正直に言っちゃった」

「そうなのか」

「だって、あなたは」

 と、彼女はおれを真っすぐに見ていった。

「小さい頃のわたしに、そっくりなの」

  それから、きらめくようなまなざしを向ける。

 そして、おれは思った。いまの発言はなんだ。致命的に意味がわからない。

 いや、いまのは、もしかして作為なのか。それとも、なにかをしくじったのか。いや、もしかすると、よく考えたら、意味がわかることなのか。聞き間違いだったのか。

 やはり、わからないし、なぜか彼女も以降発言しない。なにか言って、失敗がばれたくないのか、それも不明だった。

 互い相手が、先にどう反応するのか様子をうかがうかたちになった。

 けっか、お見合いに陥る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る