のろいをはじめる

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 髪を少し焼かれた。竜は、炎を吐く。避け損ねて、右側の髪がやや焦げた。

 竜は東の空へと払い終えた。髪は気になるが、とりあえず、依頼元の町へ戻り、報告も済ませる。それから町で理髪店を探した。

 竜を払うため、大陸から大陸へ渡る旅をしている。そして、旅のなかで、いつも小さく悩ましいのが、伸びた髪を切る店を探すことだった。どこも、たいていは、はじめて訪れた町だし、どの理髪店の技術があるかがわからない。町の人に評判を聞けるときもある。けれど、きけない時もある。小さに町になると、理髪店もなく、髪は家族か、自力か、もしくは手先の起用な知り合いに整えてもらうという話によくぶつかる。

 そういった状況もあって、髪が伸びて、整えるべき長さになったとき、いつも大きな町で切るようにしている。町に何軒か、理髪店があれば、競合相手に負けじと、技術を高めているにちがいない。

 けれど、今日は予想外の理髪だった。髪を竜の炎に焼かれた。焼かれたといっても、炎がかすめた程度で、髪が少しだけ、縮れたぐらいだった。

 とはいえ、次の依頼も入っている。別件の依頼人の元を訪れたとき、髪が少し焦げた状態で、もし、なぜ髪が焦げたと聞かれ、竜に焼かれたと話した場合、はたして、竜の炎に髪をやかれるようなこの竜払いは、優秀なのか、と不安にさせかねない。評判は、多少は気にして生きている。

 露店で麺麭を買いつつ、髪型に気合いを感じる血色のよい店主に訊ねたところ、この町には理髪店が一軒あるとわかった。

 選択肢はない。麵麭を齧りながら、その店へ向かう。

 たどり着いた店は、ひっそりとしていた。客がおしかけて、忙しいという様子は微塵もない。店の前の通りでは、子どもたちが、追いかけっこをしている。

 扉をあけて中に入る。暗い店内で、闇のなかに顔だけ浮かぶような感じで、店主らしき男性がひとり立っていた。

 頭部に毛髪はまったくなく、眉毛もなく、髑髏に眼球のみ投入されたような顔立ちの男性だった。からだも異様に細い。

 そして、店主がこちらをみて「がば!?」と、目を向いて、口から濁音を放って。

 迫力がすごい。

 店主は「す、すす」と、言い、ぶるぶると震え「素晴らしい髪型!」そう叫んだ。

 この店は、やめておこう。決めて、店を出て、歩き出す。すると追いかけて来た。

「そ、その髪型は、どどど、どこで! どこで!」

 どうやら竜に焼かれたこの髪の状態に感動したらしい。

「どど、どこでぇえええ!!」

 追いかけてくる。獣のようだった。

 そこで竜払いとしての、もてる能力を駆使して走る。

 まもなく、店主を振り切った。

 その数ヶ月後、たまたまこの町を、ふたたび訪れることがあった。

 すると、町中の人々が、みんか竜に少し焼かれた髪みたいになっていた。

 あの露店の店主も、ほかの大人も、子供も竜にちょっと焼かれたような髪型をしている。

 増殖、および複製感に、どこか町に呪いをかけた気分になる。

 けれど、気にするのは比較的すぐにやめた。

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