うったえるものがある
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
ふと、依頼の途切れた日だった。次の依頼を協会から受け取るまで滞在していた海辺の都を、昼間、あてどなく、散歩していた。
「やあ!」と、巨大な声をかけられた。
見返すと、四十代くらいの、背が大きく、恰幅もあって、山のように大きな男性だった。身なりは、立派で、くびまわり、指先に添えてある装飾品も、高価そうだった。
顔は陶芸品のようにつやつやして、食生活の良さを想像させる。もしくは内臓が丈夫なのかもしれない。
「きみきみぃ!」彼は巨大なふたたび声を出し、近づいて来た。「きみさ! きみだよ!」
男は、おれの目の前に立つ。
「きみは竜払いだね」
見抜かれる。とはいえ、見る者が見れば、剣やそれに属する竜払い用の得物を所持していたとしても、竜払いか、そうでないかはわかるようになる。対人用の戦力を商いとする者とは、身にまとっている空気がまるで違うはずだった。
「わたしにはお金がある!」男はいきなりみもふたもないことを言ってきた。さらに続けた。「この町で貿易をやっている者だ」
大きな港のある都だし、そういう人もいるだろう。
で、そんなあなたがなぜ、声をかけてきた。と、表情で問かける。
「きみのその剣をわたしに売ってくれまいか」
「おれの、剣を」
「ああ」
男はうなずき、こちらが背負っている剣を見た。
「わたしはね、竜払いの剣を集めている、趣味なんだ」
趣味で剣を集める。
そういう人も、この世にいなくもないか。とはいえ、竜払いの剣は、特別な剣である。竜を払うには、竜の骨でつくられたこの特別な剣が必要だった。竜は、竜の骨で出来た武器以外で攻撃すると、激高する。ただし、小石を投げつけたぐらいでは激高しない。そこは最近の個人的な研究結果でもあった。
「ぜひ、その剣を売ってほしいんだ、金は払うよ、ああ大金を出すさ!」
剣を譲るのは無理な話でしかない。これまで幾多の場面ともにしたこの剣は、もはや、友人みたいなものだった。刃を入れていない特別な仕上げにもなっている。
手放せない。と、その一言を返すまえに、竜払いの剣を集める理由が気になり聞いた。「なぜ、竜払いの剣がほしいんですか」
「いやはや!」男は大きな声を放った後「いま、この町の流行りでしてね!」そう、言った。
「はやり」
「ええ! 竜払いの使っていた剣を集めるのが、流行っていましてね!」
「なぜ」
「それは知らんが、流行っているのだ!」
男は、そこはあっさりとわからないことを示す。流行りの理由は、気にならないが、流行りには乗りたいらしい。
「とにかく、竜払いの剣を、家に飾りたいんです! いいや、竜払いの剣からどれでもいいわけではないのです! 逸話、逸話が大事なのです! 剣の逸話込みで!」
「町中で、異常性をおびるほどのでかい声を出し続けるのやめて、くれますか」
「お見かけしたところ、あなたは、竜払いとしてさぞ苦労してそうだ! あなたの存在そのものから、それをうったえるものがある! となると、その剣にまつわる、すごい逸話をもっているにちがいなし!」
「至近距離から、とんでもなく失礼な決めつけを繰り出された方の気持ち、わかりますか」
直後だった。「お待ちさない! その男に剣を売ってはなりませんよ!」と、女性に叫ばれた。
振り返ると、壮麗な服装の女性がいた。
「あなたの剣はわたしが買います! その男より高くね!」
「やだな、声、でかい人が増えてしまった」
つい、そこに発言をよせてしまう。
けれど、女性はかわまず続けた。
「うふふ、わかります、これまで濃厚はご苦労をしてきましたでしょ、わかります。それはそれはひどい苦労を、凄惨な苦労を、見た目でわかります。ゆえに、そのお持ちの剣にも、無残な逸話があるに決まってます、そう、あなたの見た目が、それを、うったえてきます!」
どこから手をつけていいかわからない発言をされ、ひとまず「そうですか」と、返す。
「な、なんだ、あなたは横から!」と、最初に声をかけて来た男が身を乗り出し声を荒げる。「その剣はね、わたしが先に買うと決めたんだぞ! この悲惨な人生を生きていそうな竜払いさんから!」
「ふふ、こちらだって、じつは、ずっと目をつけておりました。誰よりも死ぬほど苦労していそうなこの竜払いをみつけとき、わたしは持ち前の高品質な教養も忘れて、うっはー、と歓喜の声をあげてまでね!」
道端で言い合いを始める。
果たして、このさき、どちらがこの言い合い勝つかは不明だった。なにしろ、底辺において、いい勝負である。
けれど、きっと、いずれ、ふたりに勝つのはおれだろう。
裁判になったら。
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