なにかたりない

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 町を歩いていると、木彫りの竜を作っている職人から相談された。ここは大陸でも歴史あるほうの町で、観光地としても有名な場所だった。

「ぼくのつくる木彫りの竜には何かが足りないんです!」

 その若い男性の職人は、神妙な面持ちだった。

 見た目から、おれを竜払いとわかったらしい。

「何かが、何かが足りたいです!」両手を震わせながらうったえてくる。「何か、何が!」

 命をかけている。その熱がひしひしと伝わって来た。

 これは対応する方も真剣にしなければいけない。その構えを用意した。

「だから、だから教えてください! あなたは、あなたは、いつも近くで竜を! 竜をみてますよねえ!」

 どんどん迫ってくる。なんだか、怒られる気分になってきた。

「さあ、見てください、ぼくの彫った竜を! 何が、何が足りないか教えてくださいい!」

「竜に見えない」

 指差して指摘する。そこには、竜を目指して作ったんだろうけど、決して竜に見えない何があった。

 なんからの生き物とすら思えず。かりに、こんな生き物が、近くを歩いていれば、人類史に残る出来事になる。

「はい、なんでも言ってください!」

「竜に見えないと言いましたよ」

「隠さないで言ってください!」

 すごく、聞いてない。

 もう一度。

 すごく、聞いてない。

 しかたなく、こちらの方針を変える。「あの、こんな木彫りを作ってどうするんですか」

「お土産屋で売ります」彼はこぶしを握り、遠くを見た。「ぼくは、この土地を訪れた人が、楽しかった思い出を、この木彫りの竜とともに家まで持って帰ってもらいたいんです」

「こころざしが高いぶん、相談される側の損傷が激しいぞ」

 感想を述べると、彼は、くわっ、と目を開いてこちらを見る。命を殺める者の目に見える。

「そもそも、あなたは職業の選択をあやまっているのでは」と、告げたもの通じなさそうだったので「ところで竜、本物の見たことありますか」と、接触の方向を変えてみる。

「かつて、遠目に、ちらりと、少しだけ、気持ちほど」堂々と、臆することなくそう答えた。「でも、木彫りの竜なら、ずっと見てきましたから」

「わかりました」

 何もわかってないが、相手の心を安定させるため、わかったといっておく。

「木彫りの竜はずっと見てきたんですね」

「ええ、ぼくは、ぼくが作った木彫りの竜を、ずっと見てきました」

「まるで死の世界にいると同じですね、それは」

 とっさの印象を言語化しておく。

「さあ、言ってください! ぼくの竜には何が足りないんですか! 教えてください!」

「なら、もう、色とか塗ればいいんじゃないですかね」

「そ、そ、それだ!」

 彼は会心の案を得たように、顔を明るくさせた。そこへ「言っといてなんですが、それじゃないですがね」と言っておいたが聞いていない。

「ありがとうございます! 今日は記念日です!」

「そうですか」

「そんな記念日に、一個どうですか。ぜひ、お買い物を求めを」

「買いましょう」

 すぐに告げて支払い、木彫りの何かを受け取ると、近くの地面に埋めた。それから「土へ還れ」と、つぶやいた。

 彼は「そ、そ、その手があったかぁ!」と叫んでいたが、無視した。

 きっと、そこに、深いなにかは、無い。

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