わたれない

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 依頼を受け、現場へ向かう。そして、昼過ぎ頃、小さな川にかかる、狭い橋を通りかかったときだった。橋の前に、五人ほどの人だかりができていた。

 人だかりは、その装いから、この近隣の住民らしい。

 近づき、人だかりに合流する。みんなの視線は橋の真ん中あたりにあり、何人かが、こちらを見て来たので、ちいさく頭をさげると、向こうもさげてきた。

 これで、おれもあなた達の、野次馬仲間ですね、という感じを表情で示しつつ、みんながの視線のさきに、視線を合わせる。

 橋の真ん中で、ふたりの男が向かいあっていた。しかも、それぞれ、剣を所持している。

 一目で、対決していることとわかった。

 だから、橋を渡れず、ここにいるのか。理由がわかった。

「もう、かれこれ半日はにらみ合ってるんです」

 と、野次馬のひとりが教えてくれた。

 橋の上で対峙する、男ふたりのただならぬ空気とはよそに、下を流れる小さな川の流れは穏やかだった。澄み切っていて、川底の砂と、小石も見える。大きな魚も尾を揺らしているのが見える。たまに流れてくる落ち葉のはやさも、落ち着いたものだった。

 いい川である。

「そうか」と、つぶやき、橋を回避して川辺に行く。

 靴を脱ぎ、そでをまくると、両手に靴をもって、川に足をつける。川底が見えるくらいだったので、思った通り底は浅い。

 流れも二足歩行動物にも優しい緩やかさだった。

 よしよし、と思いつつ、川を歩いて渡る。かつての野次馬仲間たちが、こっちを見ていたので、靴を持った手をふって、挨拶をした。

 そのまま川を歩いてゆく。

 ちょうど、橋の真ん中、男たちが対峙している箇所に着いたときだった。

 ふたりが、ちらりと、橋の下で川をわたるおれを見た。

 とたん。

「いくぞおお!」

 男の片方が叫んで、剣を抜く。

 すると、向こうの男も「こいいい!」と、叫んで剣を抜いた。

 そこで、おれは川の石を拾い、それぞれの頭部へ投げた。どちらも命中して、右の男は「いたい!」左の男は「ながぁ!」と、悲鳴をあげた。

 そして、男たちはすぐにこちらを見て、なにするんだ、と怒りの抗議を仕掛けてくる。

 けれど、それより先んじて「いまはおかしいです」と言っておく。

「おー、おかしい?」左の男が、いぶかしげな表情を浮かべた。「おかしいと?」

 すると、右の男が「何がおかしい」といった。

「あなたたち、半日くらいそこでにらみ合ってたんですよね」

「おおよ」左の男が嬉しそうにいった。「高度な間合いの取り合いをしていたのさ」

「なのに、おれが通りかかったら、どうして、急にはじめたんですか」

 そう問うと、右の男は「それは、いまだ、と思った瞬間が、たまたまそうだっただけだ」と言い張る。

「ふたりとも、はじめる前に、おれのこと、ちら、っと見ましたよね」

「見てない」と、左。

 右も「見てないさ」と。

 とうぜん、そう答えることはわかっていた。だから、なおさら、しんどい。

「おれに、その勝負、待ったとか、言って欲しかったんですね」言ってそれぞれを見る。「介入してくれそうだったら、おれが通りかかったときに、わざわざ対決をはじめたんですよね。その浅はかそうな対決を」

「そんなわけがないさ!」と、左。

 右も「ないない、ないよ!」と。

 ふたりとも必死だった。止めて欲しい感が、表情にひどく現れている。

 しかたなく「この橋の向こうに竜が出たので、おれはいまから払いに行きます」と伝えた。あいまにため息を吐いた後「けれど、もしかしたら、おれの払った竜がこっちに来るかもしれません」といった。

「ほ、ほんとかーい!」

 聞いた右の男は笑顔になり、そして、左の男が野次馬たちへ向かって「おーい! 竜がいるって、竜が来ちゃうかもってー!」といった。

 次に右の男が「だからもう、対決はちゅうしちゅうしぃ!」と、声を弾ませ、野次馬たちの方へ叫ぶ。

 こっちはその間に、川を渡り切る。それしかなかった。

 こうして、誰も感動しない話がここに誕生した。

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