ふたり

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 呼ばれて現場へ向かい、到着すると、草原に、二階建て家ほどの大きさの竜が目をつぶり鎮座していた。竜としては大きい部類になる。

 そして、その竜の麓に、若い男女がいた。ふたりは、ひし、っと抱き合っている。

 依頼人は、そのふたりの、女性の方の父親だった。

「だめだからね!」と、彼女は父親へ叫ぶ。「来たら、この竜を怒らすんだから!」と、言い張る。

 彼女の父親は「う、うぉぉ」とうめく。頭を抱えていた。そのまま手で、白髪をぐちゃぐちゃとやる。

 現場には竜、二人の若い男女、彼女の父親。それからもう一人いた。

「そんな女に騙されるなあ!」叫んだのは、若い男の方の父親だった。

「嫌だ、父さん」

 若い男が、短く、断固として態度を変えず応じる。

 聞けば、竜の前で抱き合っている男女の家族は、ともに同じ町に住み、けれど、長年、仲が悪い間柄らしい。ところが、そんな家同士の子どもたちが恋に落ち、互いの家で、発覚し、反対され、ふたりして走り出した。お互いの父親も走っておいかけたが、ふたりが走った先に、偶然に竜がいた。

 そして、ふたりは竜で止まった。

 息子が「それ以上ちかづいたら、この竜を刺激してやる! 怒らせて自滅してやる!」と、いい放つ。

 娘が「そうよ、もし、そうなったら、みんな、そろってこの世界からさよならだ」といったらしい。

 その状態になってから、およそ、三時間後、おれが呼ばれた。

「つまり、この完全に仕上がった状態から竜を払えというのですね」現場を見ながら、依頼人である娘の方の父親へ言う。「介入しろと」

「いいから、あんた専門家だろ。はよ、はよう! あの竜を払ってくれえ!」

 娘の父親が顔を近づけていってくる。必死だった。

「あの竜がいなきゃ。こっちのもんなんだ、すぐにうちの娘をあの男の息子からひっぺがえせる! あのしょうもない男の息子からな!」

「なんだと!」

 声が大きいせいで、少し離れた場所にいてもとうぜん聞こえた。男の父親の方が反応した。

「しょうもないのはお前だろ! うちの大事な息子をたぶらかしやがって! せっかく全方向、どこから見ても好青年に育てたってのにぃ! それを、それを、なんだ、おまえんとの娘は! だいたい、おまえの娘はなぁ!」

「おおおおうちの娘がなんだってんだ! おい、言ってみろ! おい!」と、娘の父親は言い返し、けれどすぐに「いや! やっぱいうな! 娘の悪口なんか聞きたくないもん!」

 そういった。

 その間、ふたりの子供たちは抱き合い、ふたりの父親はいがみ合う。

 そして、竜は動かず、目をつぶっている。

 難易度が高い現場だった。

「あの」と、娘の父親に今一度確認した。「依頼はあの竜を払うことなんですよね」

「ああ、だから、はよう! はよう! 払ってくれ!」

 確認し、さらに今一度、竜の麓で抱き合うふたりを見る。ふたりともじっとこっちを見てくる。それから、息子の方の父親の様子もうかがう。かなり怒っていた。

「竜を払ったら、激しい取っ組み合いが始まりますよね。たちまち、泥仕合みたいなのが開始される気がするのですが」

「ああ、そりゃあもう竜がいなきゃ、取りさえるのなんか簡単だからな!」

 すると、息子の父親がまえぶれなく「ばか!」と叫んだ。

 対して、娘の父親も「ばか!」と言い返す。

「品質の悪い職場だな」つい、口からこぼしてしまった。「ところで、なんで、そんなのあの人と中が悪いんですか」

 ふと、疑問を投げかける。

「え? ああ、なんていうか。むかしから合わんのだ! なにひとつあいつとは合わない! 喰いもんの趣味とか! 女の趣味とかな! 一切合わない!」

 だったら、趣味がかぶらず、何も取り合いにならないので、むしろ、喧嘩にならいのではないか。安直にそう考えてしまった。

「けええ、こっちだってな!」息子の父親が叫ぶ。「おまえとは、これまで同じ気持ちになったことなんてまったくない!」

「うるせえ、ばか! おまえと同じになることなんて死んでねえ!」

「こっちもだ! で、ばか、っ言ったほうが、ばかだからな!」

 いい年の大人たちの醜態は見るにたえず、悲しみもあり、逃れるように竜の麓で抱き合うふたり見ると、娘の方が「わたしたちは、もうここで暮らします」と、宣言していた。

 無理だろう、そこで暮らすのは。そんな竜が至近距離にいて、洗濯とか干せないだろうに。

 すると、息子の父親が「おい、そこの雇われ竜払い!」と声をかけてきた。「俺も金を出す、とっとと、竜を払え!」と言って来た。

「それ、依頼ですか」

「おう、そうだ!」

「ということは」

 おれは双方の父親を交互に見た。

「両方とも依頼してきたので、ふたりの気持がいまひとつになったということですね」

 指摘すると、双方の父親は「いやあああしまったあああああ!」と、頭を抱えて悲鳴をあげた。

 しかも、その悲鳴も、共鳴して、合唱みたいになっている。

 事故で、ふたりの仲を繋げたらしい。

 ぜんいん、しっかりしろ。

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