ここにいぬ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
全体的に、土にめぐまれた大陸とは言い難い。気候にしてもそうだった、年を通して太陽の光がよわく、作物は育ちにくい場所が多い。
それでも、よく育つ土地もあった。そういう場所は、ある時期になると、視界の限り、黄金色の麦畑などになる。
おれの記憶ではそうだった。けれど、数年ぶりにやってくると、もうそうではなくなっていた。
広大な麦畑は消えていた。人の暮らしも消えていた。かすかに残された道、納屋などに、かつての名残を感じる程度だった。
きけば、数年前、この辺りで大きな嵐の夜があった。強い風が吹き、屋根も剥がれて、壁が罅割れるほどだった、さらに冠水もした。そして、同じ夜、ひどく大きな地震も起こったという。
嵐の日に大きな地震が起こる。
おそろしく運のないことである。けれど、それは起こってしまったらしい。
その夜が、きっかけとなって、このあたりに住んでいた人々の生活は深刻に崩れた。冠水の影響で栄養のあったこのあたりの土も、かなり流れて散ってしまった。以降、麦がとれにくい土地になったらしい。地震で家も修復不可能なほど壊れ、やがて、この地から人はいなくなった。
それは、おれが大陸にいない間に起こったことらしい。
どうやら、その嵐と地震が同時に来た夜は、他の地域にも大きな傷をあたえた。たしかに、ここと似たような光景だった。
そして、おれは、ただただ、その終わってしまった光景の前に立つだけだった。
もしも、その夜の問題が竜だったら、おれの役目はあった。けれど、あいては自然だった、おれには分が悪い。
考え、いまはこうして、終わってしまった世界の一部分を目にして、沈黙するばかりだった。
ばくぜんと、どこから手をつけていいものか。と、考えたり。
おれは、とある気掛かりあり、この大陸の各地をめぐっていた。調査なるものをやっいるが、手応えは得ていない。
とにかく、わかるのは生まれ育ったこの大陸が、ひどく黄昏色めいていることだった。この先、新しいなにかがこの大陸から始める感じがない。
うわさでは、この大陸は、終わった大陸と、揶揄されているのだとか。
どうしたものか。
などと、考えていると、その横にいたカルが「こ、これっ!」と、はじけるような声をあげた。
カルは十三歳の少年である。竜の謎を解こうとし、この大陸へやって来た。
おれとは、いわば、その―――なんなくの繋がりである。滞在している宿も同じで、なんとなくで、今日までふたりでやってきた。けれど、最近、いつの間にか、カルは、ぬる、っと、各地をめぐる、おれと同行するようになった。
で、彼は頭はすこぶるいいらしい。優等生だった。
ちなみに、カルの主な装備は、帽子と眼鏡、それから大きな鞄である。戦闘力はない。
彼は、かつて麦畑だった地面へしゃがみこみ、土を手にとり、興奮していた。そして「こんなのって………」と、意味深な口調を放った。
土を見て、なにか、わかったのか。
おれにはさっぱりだった。ただの土にしか見えない。
すると、次にカルは「むむむ、まてよぉ、まてよぉ!」と、近くに生えていた枯れた木へ近づく。そして、その木の幹を凝視し「あっ、やっぱりそうか、そうなるかぁ!」と、今度も意味深な様子を見せる。
かと、思うと、彼は近くを流れていた水が完全に消えた川へと迫ってゆく。
どうやら、調査がはかどっているとみえる。
ぐんぐん、はかどって。
おれには、よくわかないけど、次々に、なにかを手応えのある発見をしているようである。さすが、優等生だった。
いっぽうで、おれである。
カレと同じ場所にいて、同じものを目にしいるのに、なにも発見できていない。この調査に参加していない感は、すさまじい。
すなわち、役立たずが、ただ立っている状況である。
ということは、おれはここにいなくても、いいのではないか。
と、心の中で、つぶやいた直後。
「うぐわあああああ!」
カルが歪んだ声で悲鳴を上げて、必死な走りで戻って来た。
犬だった、舌をべるんと出した黒い中型犬に追いかけられている。どうも、犬が大の苦手らしい。犬側からすると、きっとじゃれているだけである。けれど、カルは必死だった、ちょっとした殺人鬼に追われいるのではないかという、形相である。
そこでおれは手持ちの麵麭を遠くへ投げた。すると、犬は舌を舌をべるん、と、ふって、そちらへ向かって走ってゆく。カルは地面にへたりこみ、ぜいはあ、と呼吸を乱しつつも、安堵している様子だった。
その光景を目に、おれは思った。
よし、役に立った。役にたったぞ、おれ。
おれ、いま、おれ。
だからいいんだよな。
おれ、ここにいて、いいだよな。
などと、謎の誰かに問いかけたところで、正気に戻った次第である。
落ち着き給え、おれ。
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