えたい
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
いま、おれの首には賞金がかかっている。
その詳細な理由は、さておき、この事実をおれに教えたのはサマーという男だった。
銀髪で青い眸をしている。表情はつねに穏やかで、一見して邪気を感じない男だった。新人の学校の先生だといわれても、疑う方が難しい雰囲気と、外貌をしている。
彼もまた賞金稼ぎだという、おれの首を狙っていた。いや、サマーの他にも、おれの首を狙っている賞金稼ぎはいるし、実際に、今日まで賞金稼ぎたちに、さんざん撃された。けれど、なんとか、それらをかわしてきた。サマーは一度もおれを攻撃してこなかった。彼が物騒な武器を携帯している様子はない。
ただ、サマーは時折、賞金稼ぎから逃げ回るおれの前へ、ふい、っと現れてみせる。狩りにはこない。おれを狩る気はあるけど、まだ、その時ではないらしい。
で、今日も、ふらりと、現れた。
おれが、とある食堂の一席に腰をおろし、注文した料理を待っている時、いつの間にか、店内にいたサマーがこちらの席へ近づいて来た。
「こんにちは。ヨルさん」
はじめて出会ったときと同じ挨拶をしてきた。
おれの方は午前中、竜払い依頼を受けてこなし、やや身なりは乱れている状態だった。いや、これでも食堂に入るため多少は身なりを整えた方である。とはいえ、限界はあるし、空腹でもあった。
で、はたから見れば、好青年が他所の土地からやってきた得体の知れない草臥れた竜払いへ声をかけたように見えたに違いない。サマーの外見は、まったく賞金稼ぎには見えなかった。
「ここあいてますね」
そういって、おれの向かいの席へ座った。
同席の許諾はしていない。
けれど、彼独特の間合いのせいか、その可否放つ間がなかった。
「外は寒くなりましたね」
ちょっとした知人、あるいは隣人のような距離感で言われる。
世間話をしかけられ、どうしたものかと考えた。彼は賞金稼ぎで、おれの首を狙っている。いっぽうで、いまのところ彼に危害は加えられていない。しかも、サマーには、ふしぎと無差別に相手へ親しみをおぼえさせる雰囲気がある。
それが彼の手法とだと、理解はしていた。それでも、こうして同じ席に座り、同じ目線で、その青い二つの眸を向けられると、警戒が、ふわりとなって、敵とは思えなくなってくる。
「期待通りです、ヨルさん」
そう告げて、彼は近くを通りかかった無表情の店員を呼び、お茶を頼んだ。
店員は、にこやかな表情で厨房へ向かった。
わずかな時間で相手の心を変えたように見える一連だった。
「本当に、期待通りです」彼はふたたびいった。「貴方が貴方を狙う賞金稼ぎを返り討ちし続けているので、貴方の首かかった賞金額がとても大きく育ってきています」
物騒なことを、おだやかな口調で言う。まるで、おだやかな話題に聞こえる。
おれの首には賞金がかかっている。その賞金を狙って賞金稼ぎ襲撃してくる。で、これまで、おれはその賞金稼ぎを撃退したり、とにかく、狩られないように弾き返して来た。よって、向こうでは、おれを狩る難易度はあがっているらしく、その賞金額も高騰している―――らしい。
「でも、まだ、貴方を狩りません。ぼくが貴方を狩るのは、もう少し貴方にかかった賞金額があがってからです」
サマーが頼んだお茶が運ばれてくる。湯気立っていて、いい香りともいえるけど、ひどく強い香りのお茶でもあった。
「ああ、そうだ、ヨルさん。これは個人的に、聞いてみたかったことです」
おれはただ視線を向けた。
おれが頼んだ料理はまだこない。
「ぼくは、これまで、竜払いの人と、こうして、この距離感で話したことがなかったので、ぜひ、教えてほしいことがあります。子どもの頃から気になっていたことなんです」
サマーはそれこそ勉強熱心で、教師好みの良質な好奇心を持つ生徒のようだった。
「どうして竜を殺さないんですか」
彼が問いかけて来る。
「もちろん、素人のぼくだって、竜を殺すのが至難であることは知っています、わかっていますよ。なぜ、竜払いという人たちがいるのか、それは竜を倒すより、竜を払うことの方が、たやすい―――いいえ、これは語弊がありますね、たやすくはないでしょう、相手は竜だ。倒すにしろ、払うにしろ。命をかけていることはかわりません。それでも、竜は殺せるはずです。難しくても、竜は殺してしまった方が―――つまり、困難であっても、竜を殺せるなら、殺した方がいいんじゃないですか」
問いかけて、彼はお茶を口に含む。
お茶を置いていった。
「殺さないと、悪いものは減りませんし」
ここに現れてから、サマーは微塵も様子を変えない。安定した精神で、おれの前にいる。
おれの料理はまだ来ていなかった。
「ヨルさん、貴方なら、竜を殺せそうですが」
サマーは何も変えない。真っすぐに問いかけて来る。
おれは彼の目から視線を外さなかった。
それから教えた。
「竜を殺すと、人を殺した気持ちになる」
これは、みんなが知っている話だった。竜を殺した者、殺していない者の多く広く知っている。
「乗り越えられますよ」
サマーはそう答えた。
「大丈夫ですよ、人はその気持ち無力化できる生き物です。ぜんぜん大丈夫ですよ。ぼくは、人のちからを信じています」
彼がそう回答したとき、おれの料理が運ばれて来た。
「これ以上はヨルさんの食事の邪魔になりますね。お話しありがとうございます。それでは、またいずれ」
そう告げて、サマーは席を立つ。
お茶は半分以上のこし、まだ湯気立っている。
その強い香りは、運ばれて来た料理の香りに混ざって、得体の知れないかおりになっていた。
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