ことばがなくなる

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 夕方に近くになって、その町についた。

 以前、立ち寄ったことがある町だった。町には、たしか図書館があり、蔵書の数も豊富だった記憶がある。

 もしかすると、なにか竜に関するあたらしい著書が入っているかもしれない。人はまだ竜について知らないことが多い。あたらしい発見があれば、逃したくない。

 けれど、やや空腹もある。

 図書館が閉まる時間も迫っていた。

 どうするか、小さく悩み、そして、さきに学習を選んだ。あの図書館は、竜について優れた本もあったはず。

 過去の体験を決めにして、図書館へ足を向けた。

 そして、図書館へ着いて、すぐにわかった。

 図書館に入り口に以前なかった紋章が掲げてある。森と筆、それから本と人が入った紋章。

 それは『読書教会』の紋章だった。

 どうやら、この町にもやって来たらしい。そして、この図書館も読書協会が吸収したようだった。その傾向は最近、大陸各地でよく見かける。時間をあけて訪れた町の図書館や、書店が教会の所属になっている。

 とある共同体『読書教会』

 じっさい、読書教会については、よく知らないが、よく知っている。そんな奇妙な感覚の存在がある。きっと、そういう印象を持つ無関係者は多い。

 あの共同体について、正確にはわからないし、それゆえ表現もできない。

 ただ『人は本をよく読むべきである』という思想というべきか、そんな教えを説き、そこは無差別であり『誰もが本を読めるべき世界であれ』という、それの実現を果たそうとしている存在とでもいうべきか。

 昔からあり、その共同体に属する人間は多い。この大陸でも、あらゆる方面に影響力を強く持つ共同体でもある。そして、利益を追求しない共同体としては、大陸最大の規模だった。

 代表的な活動内容としては、教会直属の使者が、各地へ赴き、いかなる場所でも人が本を読めるようにすることだった。出先で時々、活動の様子を見かける。活動資金は、会員などからの寄付で賄われているらしい。

 そして、しばらく、こないうちに、この町にも協会がやってきたらしい。町が運営していた図書館が教会の所属になっている。

 図書館が教会の所属になると、有料ではなく、無料になる。誰にでも本が解放されるし、蔵書の数も大幅に増え、種類も豊富になる。ただ、無料ではあるが、入り口には、寄付を受け付ける場所もある。とはいえ、無料で利用しても、咎める者もいない。

 利益を追求しないし、図書館や、書店すらない過疎地へも、教会直属の使者が本を届ける活動もしている。

 この共同体は、もともと、おれが生まれる遥か前からあった。けれど、ここ数年、その活動は活発になって、さらに大規模化している傾向はあった。

 噂では、共同体を束ねる上層部に、やたらと優秀な人間が入ったとか、何とか。とにかく、寄付の集め方も効率化が果たされたらしい。

「そうか」

 そちら側に入ってしまった図書館を前に、立ち尽くしてつぶやく。

 誰でも本が読める世界にする、それが読書教会の掲げる旗のひとつである。

 けれど、そこに個人的な、ひとつ、大きな問題あった。読書教会の所属になった、図書館、書店は、なぜか、竜に関する書籍の質が弱くなる。

 理由はわからない。でも、なぜかその傾向があった。とくに、ここ最近はそうだった。

「いいや」と、落ちた気をやや無理やり立て直しにかかる。「けれど、もしかしたらいいのがあるかもしれない」

 可能性を信じて、図書館へ向かう。中に入り受付の前に立つ。

 前回やって来たとは違い、使用料は求められなかった。受付には制服を着た教会所属の人間がふたり立っている。二十歳ぐらい男女で、どちらも、にこやかな表情をしていた。

 教会の赤に青の直線の入った制服は、どこか軍服にもみえるという感想をよく聞く。けれど、軍服としては赤と青の色の服は異様に派手目立ち、そんな目立つ色を身につけていたら戦場で狙われ放題の気もする。けれど、いっぽうで僻地まで使者を送ることもあるらしいし、色はともかく、動きやそうな形にしているのは、身体活動の効率的とも考えられる。危険な場所を旅することもあるらしいので、会員のなかには、鍛錬をし、高い対人戦闘能力を有する者もいると聞く。

 それに派手な色なのも、あえて遠くからでも使者が認識できるようにするためで、訪れた土地で目立って、各地で存在感を示す広告としての意向も想像できる。

 理屈込っぽく、そんなことを考えていると、男性は表が、館内にいる間、鞘から剣を抜けなくするため縛る紐を手は渡してきた。

 彼はずっとにこやかだった。ただ。受付台が細いせいか、その異様なまでの、にこにこの距離が近い。

 そして、すぐ手前には寄付の箱が置いてある。寄付を入れる穴が、口をあけているようである。

 繰り返す。

 教会に属する図書施設は無料である。

 けれど、いま、にこにこと、寄付の箱の両方が近い。

 その合わせ技の完成度は高い。

 それで、けっきょく前回支払った使用料と同じ額を寄付の箱に入れてしまう。無料でいいはずだが、お金を入れてしまう。

 心が、それに勝てなかった。

 しかも、案の定、館内をめぐってみると、竜に関する書籍は減り、その質も弱くなっている。

 館内をひとまわりして、いった。

「やれやれ」

 そう言うしかなかった。そして、さらにひとり続けた。

「でかい麺麭でも買って、食って、忘れよう」

 あえて口で言って決め、鞘の紐を解いて、図書館を出る。外はもう夕方になっていた。

 暗がりのなか、いそいそと麺麭屋へ向かう。

 けれど、店に着くと、営業時間を終えて閉まっていた。

 やられた。

 学習意欲があだに。

 言葉をなくした。

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