さすふたん
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
傘というのは、まず太陽の光と熱から逃れるためにつくられたと聞く。雨の日に傘を差すようになったのは、日差し避けよりあとの習慣らしい。
で、雨の日にも竜は現れる。
竜は水の中を泳げない。けれど、雨は平気だった。どしゃぶりの雨にうたれていても気にしないし、雨のなかも飛べる。暑さにも強い。なにしろ、口から炎を吐く。
そういえば鳥の中には、あまり雨の空嫌って飛ばない種類もいるという。雨で羽根が濡れ続けると、体温もさがってしまうからだろうか。
で、雨の日にも竜は現れる。
雨のなか竜を払うときもある。そういう場合、外套で身体へ羽織り、竜を払っていた。傘はささない。
そんな、おれが、その日に傘をもらった。傘職人の家の屋根に小熊ほど大きさの竜が出現し、それを払ったお礼だった。
折り畳める傘である。そして、花柄である。
淡い暖色の布地に、ほわほわした、いくつものお花が散りばめられた柄だった。ものは、すごく良さそうである。
開いた傘みたいな左右にとがってのびた髪型のおかみさんに「さしあげますわ、さあ、さあ」と、ぎゅうぎゅうと譲渡された。断る間もあたえられない。その際におかみさんに「あのね、たくの、お傘はねえ、日傘としても使えますのよお」と、小さな説明をされた。説明後、のははは、と笑った。
なにかが、愉快だったらしい。
そうか。それはそうと。
つまり、これは日傘ではないのか。主機能は雨傘なのか。
渡された傘を手に町を歩く。今日は晴れだった、誰も傘を持って歩いていない。
日差しも、まろやかな日だし、傘は不用意そうだった。
それでも、一応、その場に立ち止まって、一度傘をさしてみる。
ああ、たしかに、弱い日差しとはいえ、傘の影に身を沈めてみると、なかなか涼しい。
もしかして傘は、ありなのではないか。けれど、まてよ。と思って、立ち止まり、ふと考えた。竜を払う先に傘を使うとする。ということは、片手で傘をさしたまま、もう片方の手に剣を持つことになる。
なんだろう。
雨のなか、片手に傘、片手に剣。
そんなにまで、雨に濡れたくないのか感がでてしまわないか。あと、若干、殺し屋感がしまうような。他者へあたえる印象が気になりだす。
それに傘をさしたままでは、ひどく動きづらそうだった。暴風の時など、傘をさすことに必死になっているうちに、竜が、やあ、と口から吐く炎で焼かれたり、えい、と爪でやられた場合、やられたのは傘のせい、傘のせい、と訴えても、聞かされる方も困るしかない。
さらに、まてよ、と、考え直す。竜とやり合うまえに、傘を畳めばいいのか。
いや、けれど、とつぜんのやり合いもある。傘を畳んでいる猶予がないときも。
練習、すべきか。
芽生えたその考えにしたがい、とりあえず、おれはその足で町外れの野原までやって来た。足元には、緑と、小さな花が生え、風にゆれている。
午後の晴れた空の下、傘をひらく。野花のうえに、花が咲いた感じになる。
雨がふっていると想定し、そこへ竜が来たとして、ぱっ、と傘を手から放し、瞬時に、背中に背負った剣を抜く。
うまく出来た。
とらえた感覚を逃さないため、もう一度である。
傘を拾って、ふたたびさす。
と、開いた傘の上に、小鳥が、ぴより、と飛んで来て宿った。内側から見上げる傘の向こうに、小鳥の小さな影が見える。そして、小鳥はそのまま動かない。しかたがないので、小鳥の動きがあるまで待ってみることにした。
ほどへて、足元に咲いていた花びらが何かで跳ねた。それからすぐ雨が勢いよく降り始める。すると、傘の上の小鳥は傘の下へ入り込んできた。足元にいる。
やがて、おれは傘をその場においた。傘の下がいま必要なものへ譲り、おれは外套を羽織り直して、雨のなか歩き出す。傘はいずれ、雨がやんだら取りにくればいい。
いつものように、いつもの雨にうたれるだけだ。
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