そのあくしゅはあくしゅ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
最近は払う竜の当てもなく、町から町へ移動する。
いま、おれはこの大陸にいる竜の実態を調査している。
とはいえ、とりあえず、いまのところ、もといた大陸とこの大陸では、竜に特別な差異はみられない。気候もかなり違うが、それでも竜は竜だった。どうやら竜は環境によって、変かしないという定説はいまのところ定説を保っていた。飛ぶし、炎を吐くし、大きいのから、ねずみのような大きさの竜もいる。
あたらしく訪れた港町の中を歩きながら、定期的に郵送している調査報告書に何を書こうか。と。思案しているときだった。
ふと、こじんまりとした気配を感じた。見ると、ととと、っと七、八歳ほどの少年がこちらへ駆けよってくる。
よく陽にやけた少年だった。息があがっており、生えがわり中の歯が口からのぞけ、髪はくるくると、かりたての羊毛のようになっている。
少年はまっすぐにおれのもとへとやってきた。
「あくしゅしてください!」
そして、右手を差し出してきた。
見つめる目が煌めいている。鼻息があらい、興奮もしているらしい。
いっぽう、こちらは、なにごとかわからない。握手してほしい、と、いきなり言われても、つまるところ、この大陸では、そうことを求められる人生の実績に、心当たりがない。
けれど、強い興奮と、心当たりのない羨望のまなざしを向けて来る彼は、おれに記憶を捜索する猶予をあたえてくれない。「あの、ぼ、ぼく!」と、さらなる声をあげる。
元気である。
おれはとりあえず「はい」と、返事した。
そして、彼は言い放つ。
「あなたが、前回のもぐら捕獲大会で優勝してから、ずっと尊敬していました!」
もぐら捕獲大会で優勝。
うん、していない。
おれ、それに、優勝していない。
もぐら捕獲大会。そもそも、なんだ。そんな大会が開催されていることなど、この人生において、新規情報である。誰が主催だ、開催した者は、きっと、まともな企画会議をしていない。
「あ、あくしゅしてください!」
少年は差し出した手はそのままにして、かりたての羊毛のような髪をふって、頭を下げて来た。
かくじつに、おれは彼が握手したい人物とは別人である。かりに偽って、ここで、握手しまえば、こわれた情報に、こわれた情報をかさねることで、より、おかしな状況なりかねない。
そこで「いや、それは」と、声を発した。
で、それから説明を。
と、思った矢先、少年は「だっ、だっ、だめなんですね!」と、こちらの発言をつぶすような間合いで反応して顔をあげた。
「くっ、やっぱりだ!」
そこに、さきほどまでの羨望のまなざしはない。むしろ、敵愾心のある表情だった。
いや、どうした、少年。
そんな顔で生活していると、せんせいとかに怒られるぞ
そう思っていると、彼は握手を求めいた手をひいた。
「ぼっ、ぼくが! 次のもぐら捕獲大会の最大優勝候補だからですね! だから、ぼくとは、あ、あくしゅは無理っていうんですねぇ!」
「その設定を追加されても、この状況はつくがらないし、あと、もぐらは、そっとしていてあげよう。あいつら、土の中がすごく好きなんだし」
もぐら側に立ち。そう返した。けれど、めらめらと闘争心をわかしている少年はきいていない。「もうたくさんだ! ああ、わかりましたよ!」と、声を張り上げる。
「うん、その感じの荒々しさは、かくじつにわかってない」
へいぜんと断定してみるも、彼はきいていないのか険しい表情をたもったまま、後ろへ下がってゆく。
「あしたの大会で、また会いましょう!」
「あしたあるのか、その大会」
それを聞き、深呼吸して、それから遠くを見て告げた。
「あした、晴れるといいね」
他にいえることは、思いつけなかった。そして、逃げろ、もぐらたち。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます