かいてんたいけん
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
町の場所に、それは放置されていた。八年前まで、広場だったと思われる。
おおよそ、四人家族用住居ほどの大きさの回転木馬だった。円形舞台めいた板の上に木馬が十数頭、うず巻くように設置されている。木馬はみな、長い年月を経て、かつては鮮やかな色で塗られいただろうけど、どれも雨ざらしで、ずいぶん塗装がはげていた。
その光景は、こうして陽の沈みかけた中で見ていると物悲しさがすごい。
もと広場の周囲には、巨大な回転木馬以外になにもない。町のはずれなので、これまで、あまり来ることはなかったものの、木馬が目立つので、どうしても遠くからでも目に入っていた。そして、その日の夕方、なんとなく、近づいてみた。
回転木馬は回転を止め、あとは流れる時間の中で朽ちゆくのみらしい。足元は石畳なっているけど、周囲には、まっとうな建物は無い。あっても、廃墟に近いものだった。人が住んでいる様子はない。きっと、いぜんは、ここへ人々があつまり、露店もあったのだろう。笑い声もあり、出会いも別れもあったのかもしれない。
いまは、この回転木馬だけが、この場に残されている。
木馬は円形舞台から伸びた柱に固定されていた。手綱のがわりに、馬の左右のこめかみあたりに取手がついている。乗っているあいだは、そこをつかんで身体を固定するのだろう。両足のつま先をひっかけるあぶみもあった。
おれは木馬のひとつへ近づく。間近で馬の顔を見た。塗装が剥がれ、木目が露わになっている。
木馬は、馬の顔をしていなかった。
ばった、みたいな顔をしていた。よく見ると、馬の顔のかたちをしつつ、顔は虫だった、ばったの顔だった。
その奇怪さに一瞬、怯んだ。
ばった馬、なのか。
視線を向けると、どうやら他の木馬も同じだった、顔はみんな馬の頭部のかたちをしつつ、ばったの顔である。赤い夕陽の中、ばった馬の群れは、きわめて、異様な雰囲気を放っていた。
ここを、離れよう。
いますぐ、離脱決定だ。
ふと、気配を感じた。それから「あい、いらっしゃぁーい」と、声をかけられる。
見ると、黒いとんがり帽子と、白黒のまじった外套を羽織った女性が近づいてくる。二十代後半くらいか。
もしかして、彼女は、おれにしか見えないなにか。と、思ったけど、彼女が、大きなくしゃみをして、その考えを取りやめた。
で、彼女は、おれへ問いかける。
「のりますか」
おれは木馬へ視線を戻す。
営業中だったのか。
稼働しているのか。まさかの稼働中。
しかも、いらっしゃぁーい、と掛け声をされた。ということは、有料なのか。儲ける気、なのか。利益を出すつもりなのか。こいつで。ばった馬の回転で。そんな回転で、営業利益を。
いや、まあ、それはべつにいい。いずれにしても、衝撃の稼働中である。
「のらないんすか」
と、彼女がやる気なく問いかけてくる。帽子からはみ出た自身の髪を、いじりながら。
苛ついている。
「はやく決めてくださいよ」やる気がないだけでなく、商売っ気もない。「もう、そろそろ、終わりなんで」
そう問いかけるまえに、君よ、まず、こんなふうに剣を背負っている男が、単独で回転木馬にのると、なぜ思った。
けれど、ばっか馬の顔が気になる。どうしてこんな顔の馬なのかが知りたい。
「のります」
そこで、おれは乗馬を決意した。客となって、この件を問いかけよう。客なら教えてくれるかもしれない。
彼女が提示した料金を支払う、なかなか高い。
木馬に乗る前に「なぜ馬の顔が、ばったなんですか」と、彼女へ訊ねた。
「芸術」
ひとことで返された。以降、他の情報の提供はない。
そうか。そうさ。期待したおれの方がわるいんだ。じぶんを責めつつ、手近の木馬へまたがった。大人重量でのったせいか、木馬はすごくみしみし音をたてる。きっと、破滅音だった。
いっぽうで、おれの中にもうひとつ疑問があった。この回転木馬はどうやって回転させるのだろうか。十頭以上の木馬が設置された大きな円形の舞台である。原動力はいったいなんだろう。見たところ、この場にはこの彼女しかいない。
どうするんだろう。
「回転開始」
と、彼女は言い。円形の台の端を両手で掴んだ。その腕力のみで回しだす。
人力なのか。
しかも、彼女は非力で、ほとんど回らない。これを腕力のみで回すために、とくに鍛えてはいないらしい。
さらに、彼女は笛を取り出し、口へくわえると、ぴっぴぴー、と、吹き出した。
ぴっぴぴー、ぴっぴぴー。
木馬の回転に添える音楽らしい。
こうして、夕陽の沈むなか、ぴっぴぴー、と音楽らしきものを流しながら、ほぼ回転しない回転する木馬の光景がここに完成する。
なんだろうな。この回転と体験。
ぶっちぎりで、人生に不要な回転体験である。
で、まちがいなく、客の回転率もわるい。
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