こいかじこ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。


 

 縦長の三階建て集合住宅の屋根に現れた竜を払い終える。

 見渡す限り、似たような建物が多い。この場所は地価の値が張るため、住居空間確保を上へ求めた結果、どの建物も細く、伸びていったらしい。

 庭の確保も難しいので、屋上に空中庭園を展開されている家も多くあった。よく花を咲かせているものもある。

 いま屋根に立っている建物にも、空中庭園があった。集合住宅なので、この建物の住人の、共同の場所らしい。屋根から、そこへ降りる。

 すると、そこに二十代後半らしき、男がいた。この建物のように、すらりと細長く、やや、あごがとがっているが、見栄えのする顔立ちだった。うねりの入った金色の髪はながく、全身を白い外套をまとっている。

 男は空中庭園の柵のそばに立ち、遠くを見ていた。その横顔には、憂いがある。

 そして、両手に、白い鳩を持っていた。

 目に入っただけで、観察し続けようとしたわけではなかった。けれど、男はこちらに気づくと、鳩を両手に持ちつつ、ちいさく頭をさげてくる。

 そこで、こちらも頭をさげた。

「竜を、払っていただけたのですね」と、男に問われる。

「ええ」と、うなずいてみせた。

「ありがとう、ございます」

 男はまた、会釈をした。そして、続けた。

「この鳩を飛ば、そうと思っていたんです」

 手の中の鳩へ、その憂いある表情で見つめる。鳩の方は、くっくっく、と頭を動かしていた。

 男と鳩との世界観には違いがあった。

 ただ、よく見ると鳩の足に、金具がついている。伝書鳩らしい。

 そうか、竜が近くにいると、鳩が怖がって飛ばない。だから、竜を払うのを待っていたのか。

 すると、男が「ああ、この手紙ですか」と、聞いていないのに「ここには、わたしの、いとおしい人への、手紙が入っています」

 こちらから聞いた話ではないので、積極的な反応もにぶくなってしまい。「そうなんですか」としか言えなかった。

「彼に」男は鳩へ語るようにいった。「とどけてもらうんです、わたしの、すべての想いをしたためた、手紙を、彼女へ」

 吟遊詩人を見たことがない人が、演じている吟遊詩人めいた印象だった。いや、吟遊詩人を見たことがない人が演じている吟遊詩人を見た人が演じている吟遊詩人のような。

 いっぽうで伝書鳩を間近で目にするのは、これがはじめてである。いっけん、ふつうの鳩と同じだった。

 それで「伝書鳩ですか」と、話をふった。

 男は「いいえ」と答え、顔を左右に振った。「彼は、なにも訓練してない、さっき、道で追いかけて捕獲してきた、ただの鳩です」と言い放つ。

「ただの、鳩」

「はい」

 憂いのある表情でうなずく。

「ただの鳩に手紙を託すんですか」

「はい」

「微塵の訓練もしてない、ただの野良鳩に、恋がうんぬんとか邪念を書き込んだ手紙を託しすと」

「はい」

「根本は、鳩を訓練するの、怠けたいだけですね」

「はい」

 連続して問いかけると、男はそのたびに、憂いある表情でうなずく。

 なにも、迷いがない。

 そして、かかわりたくない。

「わたしには彼女へに対して、とてつもなく強く、おおきな、おおきな、想いがあります、なによりも輝く恋なのです。ですから、かならず、彼は」といって鳩を見る。そして「届けてくれるはずです、想いがあれば、彼女の元へ、この手紙を」と言い放つ。

「だから、その彼は、ただの野良鳩ですよね。ちゃんと考えるということを、人生のどこかで完全放棄したですか」

「さあ、ぞんぶんに届けおくれ!」

 男はふたたび聞いていない、両手に持っていた鳩を離す。

 すると、鳩は大空へ舞い上がり、そして、すぐ隣の建物の空中庭園で、手入れをしていた御老体に頭の上に舞い降りる。

 なんだ、あれは成功なのか。御老体がそうなのか。

 はたして、この結果は故意なのか、事故なのか。

 視線で訊ねると、男は微笑んでいった。

「また、来週に挑戦だ」

 来週は、もちろん、おれはここにいない。

 だから、好きにやって、よし。

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