しらないとしらない

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 山奥に滝があった。

 垂直に切り立った崖から、滝つぼへ、水は激しく、幅広く落ちてゆく。滝は途切れることなく水面を叩き、音をたて、離れた場所を歩いていても、滝が細かく砕いた水のしぶきが素肌まで届いて来た。

 滝つぼにおちた水は、何か大きな役目を終えたように、あとはゆっくりと麓の町まで川を下ってゆく。

 ふと、違和を感じ、立ち止まって滝を見る。滝は、決してかたち留まらぬ水の壁となっていた。

 竜を払うため、各地を歩いた。そのなかで、滝は何度も見たことがある。

 はっきりとはわからない。けれど、とらえた違和のまま、滝の方へ近づいてみる。迫ると、滝の音がより大きく聞こえ、聴覚は完全に奪われた。しぶきの粒も、強く存在感のあるものになり、身体にぶつかり、攻撃的なものになっていった。

 滝の真横まで、細い岩の足場があった。かなり濡れていて、気を抜けば足を滑らせ、滝つぼへ落ちてしまいそうだった。落ちれば絶えることなく上から落ち続ける大量の水に身体を叩かれ、二度と浮上できない可能性もある。

 察知した違和にしたがって、細い岩場を進む。そして、滝の後ろに洞窟を見つけた。

「そうか」と、独りつぶやいてしまった。

 この滝に感じたのは、この洞窟らしい。他で見た滝とは、音の質がちがった。

 洞窟は大人が二人縦に並べるほどの高さと、幅がある。滝を正面から見た限りでは、上から落ちて出来る水の壁と、日中の光の加減によって隠され、その存在に気づくのは難しそうだった。

 のぞき込んだ洞窟の奥は暗く、深そうである。滝に近い場所は、水に削られたのか、なめらかな部分があり、水が届かない部分からは、ごつごつとしている。

 しばらく、おれは洞窟の奥を眺めていた。そして「これも何かの縁か」と、また、ひとりつぶやいてしまい、少し進んで、水の届かない距離まで来ると、光源をとりだし、明りをつけはじめる。

 滝の後ろに隠れた洞窟。

 じつに気になる。

 急な用件もいまは持っていない。そこでほのかな好奇心にまかせて、洞窟の奥へと進んだ。洞窟は比較的、平な地面が続き、やや左へ向かって伸びていて、同じ縦と横幅の空間と、岩肌もどこまでも続いていた。

 竜の気配はない。それは確信できた。ここは竜の住処ではない。

 竜は水を嫌う。竜は、泳げない。水に落ちたら、沈んでしまって浮き上がれない。

 にしても、この洞窟はどうやって滝の後ろ出来たのか。誰かが掘ったのか。

 もしくは、先に洞窟があった場所に、偶然、滝が出来たのか。それとも、誰かが滝を後からつくったのか。

 想像をはかどらせながら進む。空気はさほどこもっていない。どこかに、外とつながっている可能性はある。滝の後ろにあるせいか、蝙蝠の類はいなかった。蛇もいない。

 洞窟のうねりにそって進む。やがて、上から光の注ぐ少し開けた場所につく。

 そこで行き止まりだった。見上げると、洞窟の天井にわずかな穴があり、そこから陽が、光線となって、差し込んでいた。

 奇妙なはなし、はやくも陽の光が懐かしくなっていた。天井から差し込む陽の一部に、少し安堵さえしてしまう。 

 一握りの落ち着きを得た後、その空間を見渡す。ないもなかった。

 かと思ったが、よく見ると、濃い影に隠れて、なにか石碑のようなものがあった。近づき、光源で照らす。

 石碑には、こう文字が刻まれている。


『わたしと、結婚してください』


 そして、よく見ると、石碑のそばに火の消えた蝋燭と、小さな白い生花、それから小さな箱がある。手にとって中身を見ると、真新しい指輪が入っていた。

 まるで、ついさっき、ここに置いたかのような。

 つまり、あれか。

 ここで、まもなく誰かが、結婚を申し込むつもりなのか。

 なぜ、ここで申し込む。滝の裏で。

 あと、石碑に結婚の申込みを掘るのは、素敵にあたいするのか。

 と、思い、また、はっ、となる。

 まずい、いますぐここを脱出しなければ。

 もしかしたら、来る。この用意の感じだと、いまにも来る。

 気まずい遭遇を避けたい。

 知らない者たちが、知らないうちに立ち去る。

 誰かの愛を守るために、逃げ出した。

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