ふたつのふたり(1/3)
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
夜、美術館に入り込んだ竜を払った。
竜は天窓から、夜空のなかへ消えていった。
それを見届け、剣を背中におさめる。閉館後の美術館にはおれしかいなかった。竜を払う際、破損してはいけない美術品は事前に移動さていた。移動されていない展示ものもいくつかある。
大きく息を吸ってはいた、そのとき、ふと、目の前に飾られたままになっていた一枚の絵が目に入った。
竜が描かれていた。その竜が遠くにいる、寄り添うふたりの恋人たちを見つめている絵だった。
題名は『この世界は竜のもので、人は、竜の世界に暮らしている』と書かれていた。
題名を知って、それから、絵を見た。
この世界は竜のもので、人は、竜の世界に暮らしている。
「そうか」
と、つい、絵と会話してしまう。
けれど、我に返って、天窓へ向かった。閉めなければ、また、別の竜が入り込んでしまいかねない。
階段をのぼりながら、おれはまた、考えていた。絵のことだった。
この世界は竜のもので、人は、竜の世界に暮らしている。
竜が人の世界にいるというと考える人は多い。なにしろ、人より、竜の方が、遥かに強い生命だった。
なら、そして、その竜は、いったいどこから来ているのか。
諸説はある。安易な想像もある。
小さい竜は、翼のついた蜥蜴みたいだし、卵でかえる。
だとか。
けれど、その竜の卵を目にした者は、これまでいない。ときどき、あやしげな市場で、竜の卵が売買されているようなことは耳にする。それが本物で、そのまま竜が孵化したという話はきいたことがない。
竜がどうやって増えるのかは誰も知らない。竜を殺すことは可能だが、人にはそれがきわめて難しい。人間という生物では犠牲を払い過ぎる。数を減らすことは難しいし、たとえ殺したとしても、竜の数はすぐに元に戻っている印象がある。
いっぽうで、竜が増え過ぎる感じもない。どこか総数を調整されている感じがある。
けれど、おれはある時に知った。小さな繭が木になり、その中に小さな竜がいた。それを目にしたことがある。
竜は植物みたいに増える。竜の実がなる木の種があって、それが一晩で芽吹いて、小さな木になり、実をつける。
この話は、誰にもしていない。目にした場所は、真っ赤な溶岩が暴れる山の頂上だった。証拠も残ってない。
なにより、誰も信じないだろうと思っていた。たしかに、この目で見た。けれど、人に教えるには、あまりに奇抜過ぎる話だった。真実として誰へも通用する気がしない。
だから、あれは自分のなかにおさめていた。
階段をのぼりきる。手を伸ばして天窓を閉めた。とたん、月明かりは途絶えて、館内は暗くなる。夜目は効く方だった。暗いが、うっすらと見える。これぐらいの明かりで、自分より大きい竜を払ったこともある。
登って来た階段を降りる。やがて、地上へ降りる。
絵の前に、誰がいた。
あの竜がふたりの男女を見ている絵の前だった。人がいる。
彼女だった。
おれは彼女を知っていた。驚きはあった。けれど、そのまましばらく立ち止まって動きをとめてしまった。
その絵を見ている彼女を見ていた。
彼女がこちらを向いた。
「ヨル」
「トーマシン」
彼女は強い眸の持ち主だった。太い眉毛に、いつでも強固な意志を持って生きている印象が、おれにはあった。
そして、今夜こつぜんと現れた彼女の眸も強いものだった。けれど、どこか、いつもとは違う種類の光が混じっていた。虹彩の奥底に、濃く黒い闇があるように見える。
いや、この場所の光の加減のせいか。天窓も閉めて、月明かりもない。もともと、明りの乏しい場所でもあった。
「どうして、きみがここに」
まず、そう訊ねた。
「天井があいてた」と、まるで、興味ないみたいな口調で答えた。
それで、おれは天井を見た。たったいま、その天井の窓はしめた。
どう返すか考えた後「夜空からやってきたんだね」という、ふわっとした言葉で出迎えてみた。
「いい絵だね、これ」
彼女は絵へ視線を定めたままいった。
竜が人間の男女をみつめる絵を、きれいだといった。
その感想をきかされ、一瞬、ふしぎな感覚をおぼえた。それから、ああ、いい感想だな、と思った。そのまま褒めることはかんたんだった。けれど、褒めるのはやめておいた。ほんとは褒めたかった。
それで、代わりにどうしようかと考え、間を埋めるためだけに思いついたことを口にした。
「竜が出て行った天井から、きみが入って来たんだね」
「ううん」と、彼女は小さな子どもみたいに顔をふった。「わたしが入るための天井の穴から、竜は飛んで行った。順番でいえば、それだ」
「つまり、おれが竜を払うところを見てたんだね」
「盗み見た」
顔を向けて言って来る。真顔に近かった。
近づき、同じ絵の前に立った。おれは絵の方へ顔を向けた。そして「なんだか恥ずかしい」と、自身でも思わぬことを口にしていた。「いまさら、きみに竜を払ってるところとか、見られるの」
「わたしに、それに似て非なる気持ちにはなった」
そう聞かされ、少し考えてから「どういう意味」と訊ねた。
「いまさら感なんだよ、わたしたち」
トーマシンは、おれと自身をひとくくりにしてそういった。横顔を見ても、明りも少ないせいか、細かい感情は読み取れない。
「あなたに依頼したい」そういって、顔を向けてきた。「いいかな、払って欲しい竜がいるの」
「どんな竜だい」
「あなたにしか頼めない」
トーマシンは、おれの問い返しとはまるで流れの違うことを言って来た。
「これはこの星で、たったひとり、あなたしにか頼めない」
ずいぶんと大きな表現を使われ、内心、驚いた。
そして、その言葉に対してどう向かっていいか迷い「トーマシン」と、ただ、彼女の名を呼んで返す。
「結婚する」
そこへ、そう言われた。
「決まってしまった。わたしの未来。だって負けたから、あいつに」
気が付けば言葉を失っていた。きっと、長い間。いや、数秒か。
いずれにしても、うまく反応できていなかったことは確かだった。頭のなかは白んでいたし、なにかを考えたり、思った記憶もない。いきなり、胸に手をつっこまれ、心臓を、きれいに抜きられたような感じだった。現実味はないくせに、完全にやつけられてしまったような。
で、あいつ。って、なんだ。
「あいつはね」と、トーマシンは一度、呼吸を入れた。そして「あいつはね」といった。
暗いなかでも、わかる表情だった。はっきりと顔に出ている。相手に、何か、強く想っている表情だった。
「あいつは竜を食べて竜になった」
一夜あけた。
宿屋の食堂の一席へ腰を下ろし、用意された朝食を見下ろす。
窓からは、明るい朝陽が差し込んでいた。朝食には早い時間帯のためか、食堂にまだは、あまり人もいない。
「この麺麭かたい」向かいの席からトーマシンが麺麭を齧りながら言う。「石で出来てるみたいだ、麺麭職人さんめ、もしや、石の固さを目標に焼いたのか、きっと、固い性格なのね」
勝手に麺麭職人の人格を決めつけている。
「しかし、わたしの歯なら勝てる」
早朝から、麺麭へ勝利宣言をする人を、おれは生涯ではじめて見た。そして、トーマシンは麺麭を齧る。げっ歯類に見えなくもない。
はらぺこげっ歯類の様相を呈している。
いや、なんだろう、はらぺこげっ歯類って。
あたまのなかで、少しだけその動物を想像しつつ、トーマシンの方を見る。彼女の方はすでにあらゆる準備を終えている。いますぐ麺麭を食べるのをやめ、席を立って、地の果てでも出発できそうな仕上がりだった。
けれど、おれの方は、剣は常に持ち歩いているとはいえ、準備が終わってないまでも、全体的にはぼんやりとしている状態だった。
「歯が折れるよ」とりあえず、おれは暖かいお茶を飲みながら、彼女へ告げた。「死闘みたいに食った代償に」
「歯みがきは好きだから大丈夫」
なにが大丈夫なのかわからない理論だった。けれど、そのまま「そうか」といって流す。
食べる彼女を前にしながら、熱いお茶を胃に入れる。昨夜は竜を遅くまで払っていたこともある、まだ早朝だし、まだ少し眠かった。あまり眠ってもいない。
「それで、支払いの話だけど」
「支払い」
「あなたに竜を払ってもらうための代金」
「え、ああ、なるほど」
「協会を通してないし、たくさん払おうと思う」いって、トーマシンは麺麭を掴んだ手を空中で止めた。「協会を通してない依頼だし、払うよ」
それから朝食を再開させる。
おれは呼吸を整えた。
「トーマシン」
一度、彼女の名を呼ぶと、顔をあげた。
おれが彼女について知っていることは少ない。
けれど、一緒に生命を賭して駆けたことはある。知らないのに、生命を預けてくれた。ふしぎな距離感を得た相手だった。
はじめて会ったとき、彼女は勇者を探していると、いった。
この大陸各地をめぐって、勇者と思える者を探している。そして、勇者らしき者をみつけては、勝負を挑む。彼女が負けたら、彼女はその勇者と結婚する。そんな奇妙な使命を説明された。
勇者と結婚し、子孫を残し、その血を未来へつなぐ使命に生きているらしい。
彼女には優れた戦闘能力があった。おれの知る限り、彼女は誰よりも強い。なにかに負ける場面が想像でいない。
どういう流れでそうなかったのか仔細はいまに至るも不明だった。けれど、ある日、そんな彼女はおれの前に現れ、その勇者探しの流れで勝負を挑んで来た。ところが、なんとなく勝負は、うやむやになって、今日まで勝負はしないまま、済んでいった。
いずれにしろ、彼女の背負った使命については、ぼんやりとしか聞いていない。彼女の血族は、その使命を持っているらしいとだけだった、くわしい事情はきいていない。知らなくても、時々、大陸各地で遭遇するトーマシンとは、話もできたし、問題はなかった。
もし、率直に、彼女と出会うか、出会わない世界で選べといわれれば、前者を選ぶ。彼女といれば、予測も計算できないことも起こるし、おもしろいこともあるから、あたらしい発見もある。おおげさな話、一緒にいれば、奇跡が起きる確率があがる人だった。それに、くだらない雑談もできた。
思うに、生きていると、ときどきそういう人に出会える。そして、トーマシンがそうだった。
ただ、向こうのはどう思っているのか、いまいちわかっていない。
そして、なにを背負って生きているのか、正体はわかっていない。
それでもおれはよかった。かまわなかった。
きっと、それで、かまわないと思っていたのは、しょせん、おれ側の楽園の話でしかなかった。
トーマシンがどういうこころのあり方なのかは、わからない。
トーマシンの依頼の中身が、どういうものか、まだ知らない。
そこで「話を聞きたい」と、だけ返した。
見ると、彼女は頬杖をついた。ぼんやりと窓の外を見ている。外は曇りだった。
黙っているとトーマシンは「食べたし、歩きながら話そうか」といった。
そして、席を立つ。そのとき、ふと、彼女の着こんだ外套から、喉元が垣間見える。肌が紫色になっていた。何者かに、かなり、強い力で首を絞められた傷のようだった。指のあともある。
昨日は、夜も遅く、明りも暗かったので気づけなかった。もしかして、トーマシンはいつでも出発できるような恰好をして、その傷をおれに見られないようにしていたのか。
いまおそらく、向こうもおれが傷を見たことに気づいた。けれど、気づかれないふりをしている。なにしろ、鋭い人だった。
「わたし、先に外で待ってるね、朝の空気で深呼吸とかしてるから、好きなんだ、深呼吸。あ、そっちの準備出来たらでいい、準備できたら、来て」
そう告げて、トーマシンはいってしまった。
おれはつい返事を忘れ、遠ざかる彼女を見ていた。
彼女をひとりにすべきではない気がしていた。
おれはすぐに部屋へ戻し、準備し、宿の清算を済ませる。部屋代は、トーマシンがすでに清算していた。
宿の外に出ると、トーマシンが、顔を斜め上へあげて、空を見ていた。
曇り、よわい朝陽の空を、じっと見ている。
おれが宿から出てくると、トーマシンはどういう意味か「おつかれ」といった。
希薄さが目立っていた。彼女の目はあいかわらず、強くある。太い眉毛も意志が強く見える。けれど、いまは、ただ、そう見えるだけだった。彼女の末端の端々に、意志のかよいを感じない。そのままにしていれば、いずれ、どこかへ、消えてしまいそうだった。そして、二度と会うことはない。
一瞬、そんな想像してしまった。
近づくと「わたしと別れから面白いこと、とか、あった」と、聞かれた。
さっき、食堂で別れたばかりである。しかも、誤解を生産しかねない言い方でもある。
少し考えた。
「試すんだね」やがて、そう返しから「味気ない人生を過ごしただけ、という言い方もできるはできる」と、答えておいた。
「だろうだろう。わたしがいないと、そうなるだろう」
「さっきから、意図がみえない発言を連打してる自覚はあるのかい」
素直に訊ねると、トーマシンは「わたしにもわかるもんか」投げ出すような返しをして来た。「こっちは、こう見えて異常な精神状態なんだ、いたわれ」
困る発表をあっけらかん、と告げて来る。そして、受け止める方としては、あらゆる反応を躊躇していると、彼女はさらに続けた。
「さあ、いよいよだ。いよいよ、この話をする」決意表明めたいことを言ったその顔は、空へ向けられていた。「あななに、わたしと、あいつとの話をする」
まだまだ曇り、晴れる気配がない。
あいつ。
おれはそう、あたまの中でつぶやいた。
けれど、歩き出しても、トーマシンは話はじめない。そのまま、朝の町を通り抜けてゆく。
おれは、どこへ行くかを知らず、彼女について行く。
話はじめない理由は、わかっていた。
尾行されている。けれど、危険はない。向こうが近づいてこないのは、トーマシンが一緒だからだろう。
立ち止まり、トーマシンへ「おれの用事だと思う」と、告げた。「追って来てる人」
すると、彼女も足をとめた。とうぜん察知はしていた。振り返ると、何もない表情でただみつめてきた。
おれはかまわず、後ろを見て、準備中の店の物陰に隠れた尾行者へ向けて、手をあげてみせた。それから「あの、どーぞ」と、漠然としたものを言い放ってみせる。
やがて、向こうは、物陰から姿を現す。眼鏡をかけた女性だった。知った顔だった。カランカ、彼女だった。
おれの属する、この大陸の竜払い協会で、おれとそう歳は変わらないだろうに。、若くして決定権のある立場までのぼりつめた人物で、なぜか、いつも眼鏡に光が反射していてこちらから彼女の目が見ることが出来ない。
真っ黒な外套を着ていた。頭まですっぽりかぶっているが、眼鏡の反射は現在で、カランカだとすぐにわかる。
考え方によっては、眼鏡の反射で正体がばれるというのも、ふしぎな人だった。
「ヨル」
カランカは頭にかぶった外套の袋を外しながら近づいて来る。朝陽に包まれた光の中にある町に、全身黒い外套の人物は、あやしさを極めていた。よく、その目立つ外見で尾行しようと思ったな。
彼女は近づき、それから眼鏡の反射をトーマシンへ向け、そして、おれへ戻す。
「逢瀬ですか」と、彼女がまっすぐにそう訊ねて来た。
そうか。だから、なかなか声をかけてこなかったのか。気を使ったらしい。
黙っていると「逢瀬ですか」と、また聞いていた。さっきとまったく同じ音量だった。
「彼女から依頼を受けたんです、協会を通していない依頼です」
そう告げると、カランカは間をあけてから「なるほど」といった。
この大陸の竜を払う依頼は、様々な問題発生を回避するため、竜払い協会がほぼ一括管理している。そして、協会から、竜払いたちへ依頼が振り分けられる。
けれど、個人取引で竜払いの依頼を受けることは、禁じられていない。それは竜払い協会に属する者であってもそうだった。ただし、個人で依頼を受ける場合、保証はなにもない。
トーマシンのことは、カランカも知っている。ふたりは、いぜん、顔を合わせたことがある。とはいえ、緊急事態だったので、会話をしたかはあやしい。
にしても、顔は知っているはずだった。交流の濃度はどうあれ、未知の遭遇ではないことは、大きい。
「ヨル、大事なお話が」
カランカがそういった。
彼女が直接、一介の竜払いでしかない、おれのところへ来るくらだ、話を聞く前から、重要な話であることはわかっていた。
トーマシンはじっとこちらを見ていた。けれど「そっち、先にどーぞ」と、素っ気なくいってきた。
「わるい、またせる」
そういって、おれはカランカを見た。
カランカの話はそう長くなかった。
話を終えると、彼女は帰っていった。
その際、カランカはトーマシンを見て、それから前を向いて遠ざかって行った。
トーマシンのもとへ戻る。すると「話し、終わったのね。無事に」と、彼女が町の風景に視線を向けていった。「で、いい話だったの、それとも悪い話だったの」
「どうかな」おれは答えを考えた。
「秘密の話なのかい」と、トーマシンが見返してくる。
「いや、そうでもない」
「じゃ、わたしの秘密の話をしてあげるからさ。だから、あなたも話すの」
おや、なんだろう。
会話の流れが不自然だった。うまくつながってない。
どうやらトーマシンはなにか話したいことがあるらしい、きいてほしい気配がある。けれど、そのまま話はじめるのは、やや、躊躇があるみたいだから、お互いの秘密を出し合ういうように仕向けたらしい。
話題へ転換が下手だった。
「じゃあ、そっちが先に」
と、彼女はいった。
「先にそっちの秘密の話をしてみせなさいよ、ほれ、しなさいよ」
なぜか、少し粗ぶった口調だった。
おれは「歩きながら話そう」といった。
「うん、いいだろう」トーマシンは上から言って来る。
「で、おれたちはどこへ行くんだ」
「わたしたちふたりは西に行く」
「西」
「うん」
と、トーマシンはうなずいた。
「ずっと、西。あいつは西へ向かってる、きっと、海まで行こうとしてる」
矢が飛んできて、彼女の首へ刺さった。
と、思った瞬間、トーマシンは頭をさげてそれを避ける。矢は街道の端に生えていた木に刺さった。
おれは「倒していいのか」と、一応確認してみる。
「うん」と、うなずかれた。
そこで、足元にあった石を拾い、それを矢が飛んで来た木の上へ投げた。手ごたえがあり、木の上で「っぎん」と、小さな悲鳴があがった。
きっと仕留めた。そして、見ると、トーマシンはもう先へ進んでいる。
かるく駆けて追いつき、斜め後ろへつき訊ねた。「狙われているのかい」
「まあ、ひかくてき」そんな回答が返ってきた。「でも、時期によるかな」
どこか季節の旬のものみたいな言い方だった。
「わたし恨みをよくもたれがちなのさ。勇者を倒す名目で、ときどき、いわば邪悪な組織的なのを倒すから、崩壊させるから、理不尽のままに」
「邪悪な組織ってなんだ」
「さあ、でも、なくなったらすぐに団体名も忘れてしまうくらいのもんさ」
興味なさそうにいうし、ふんわりし過ぎ説明だった。
「トーマシン」
「ヨル」
「いま、きみを狙ったのは、今回の件と関係あるの」
「無い、と、ここに断言してみたい」
「断言というか、願望だよね、それ」
「さあ、あなたの秘密を話せ」そして、とうとつにそちらへ展開させる。「さっきの秘密の件だ、あなたから先に、さあ、話せ」会話の流れにそって繰り出されてもいない。
彼女は話運びの不得意さが明確となった。
けれど、注意、助言も、および抵抗はやめておき、おれはいった。
「未開の大陸の調査を依頼された。この大陸を離れる」遠くへ投げるようにいった。「きっと、しばらく」
告げると、トーマシンも歩き続けながら、一呼吸おいてから「おお、そう来たか」といった。
おれはそこへ続けた。
「調査をするための竜払いが不足している」おれは、そこへ伝えた。「その大陸だけじゃない、周辺には小さな島があって、そこにも、竜がいて困ってる人がいるらしい。で、カランカから提案されたんだ。未開の土の竜について状況調査して、竜を払う」
「知らない土地で、竜を払って、調査する、ってこと」
「ああ」
「それって、絶対あなたじゃないと、だめなのかい。あなたが行かないといけないの」
「未開の地だし、竜払い協会の支援もほとんど期待できない場所だ。引き受ける人がいないらしい」
「あなたは、いなくなるのね」
「おれが行けばカランカの手柄になるんだ、彼女にはあの組織で上にあがって欲しい、信用できる人だし。彼女が協会のえらい人になれば良くなる部分は多い。他の竜払いに、幸せを追加してくれるさ。それに、誰もやらないなら、やるしかないって気分って、あるだろ」
「なにそれ」、トーマシンがいった。「でもふしぎだ。あなたのそれ、きいてて人間がたまに発症しちゃう謎の義務感みたいなのに、そんな感じがしない。なんなんだろう、あなたって」
おれは彼女の斜め後ろにいるので、お互いの表情ははっきりみえなかった。
ふたりして、前を見ながら歩いている。
「あなたのそれの正体について、ちょっと考えみる」
自発的にそんなことを言い出す。おれは「よろしく」とだけ返事をしておいた。
「じゃ、わたしの番だ。わたしの方の秘密を告げる」
露骨にあざとい仕切りを入れ、トーマシンは話し出す。
「わたしの血族は女の子が生まれた場合、代々、この大陸をめぐり歩いて勇者を探している。で、勇者をみつけたら嫁いで、その人の子どもを産む。男だった場合は、わたしたち女が勇者探しの旅が継続できるように、たとえば、経済的な面とか、そこを補助できるような生き方をすること、ようするに、お金を稼ぐ。わたしのこの旅の旅費は、そこから出てる。でも、三つくらい前の代の人が、どかーん、とお金をもうけて資産を増やした。いまはもう、勝手にお金が増える仕組みになってる。で、そこから、ややっこしい仕組みを経由して、わたしの手元にお金が回って来る流れ。けど、お金をもらうには、定期的な勇者探し結果の報告が必要で、だから、わたしはいつも勇者を探してる、それっぽい内容の報告している、しないともらえないし。この世界で他にお金をもらえる方法は知らないし、ついでに邪悪なのも倒せるし」
いままで何度か、ふんわりと事情を聞いていた。けれど、旅の資金についての話は初めて聞いた気がする。
まあたしかに、秘密の話だった。
「で、話をちょっと戻す。わたしの血族は女が生まれたら、まず鍛える、誰にも負けないように、徹底的に。男が生まれた場合は、お金を大きく稼がせるために勉強させる、計算に強くさせる。わたしは祖父に鍛えられた。祖父はある程度、鍛え終わるとわたしを連れて勇者探しの旅に出た、血族の使命の旅さ。祖父は、むかし祖母に選ばれた勇者だった。祖母はわたしが生まれる前に亡くなったけどね」
トーマシンは一度こちらを見た。それから前を向く。
「いまは血族で直系の女はわたしだけ、血族でいま勇者を探しているのはわたしだけ」淡々とした口調でそういった。「祖父との旅はたのしかった。自由だったし、家にいたときは、いい思い出はなにもない。わたしと同じように勇者を探してた母さんはもう死んじゃったしね。母さんは、身体が弱かった、だから、けっきょく倒す、倒されないじゃなくって、みんなから、この人が勇者って言われた人と結婚するしかなかった。わたし自身は父とはあまり会話したことがない」
そこまで話、彼女は少し間をあけた。
「祖父はね、あの家からわたしを連れ出した、この大陸中を旅して回った。でね、旅に出て、すぐ、バードと出会った」
「バード」
「あいつと会ったのは、わたしが十四歳の時。あいつも十四歳だった。彼はね、わたしが戦った最初の勇者だった。といっても、勇者ってこじつけて、やつけてやっただけ。だって、あいつ、はじめは気にくわなかったから、なまいきだったから。だからさ、こいつがは勇者だって、こじつけて、戦って、倒した。こてんぱんさ」
大きな流れで話される。詳細は語られなかった。けれど、なんとなく、知っている彼女の性格と、話し方から、その戦いは、深刻な状況の果てとも思えなかった。
子どもたちのじゃれ合いのひとつというべきか。そんなふうに感じた。
「でもね、そのあとすぐ、バードの住んでいた村が賊に襲われた。この大陸って、少し前まで治安よくなかったから」
青い空の下で、彼女はそれを話す。
雲は流れていた。
「祖父はそのときの負った原因で死んだの、すごく戦ったんだよ、賊とね。かっこよかった、うん。祖父は悪党をほとんど次々に倒して、最後の最後にやられちゃった」
あいかわらず淡々とした言い方だった。
けれど、その音調には、かつて世界の不条理に苛立ち、そして、いまでも、どこか途方に暮れている様子がある。
「わたしもバードもひとりになっちゃった。あとは流れで、わたしたちは、しばらく、ふたりで旅をした。あいつは行くとこがなかったし、わたしはどこに行っていいかわからなかったし」
おれの方を見る。口元に、苦笑を添えていた。
それからまた前を向いた。
「しばらく、ふたりで各地の勇者を探して旅をして、みつけては倒してた。バードはね、あたまがよかった。彼の発想で倒せた勇者もいた。でも、彼はある日、旅先で出会った裕福な夫婦の養子になった、いい学校へ入れてもらうことになった。わたしはあいつとは一緒に学校はいけない、勇者を探さないといけないし、それに、最初にあいつを倒しちゃったからね、あいつは最初からわたしにとって勇者じゃないわけで」
いって、彼女がだまった。言葉が途切れたのか、言うことがなくなったのかは、わからない。
けれど、息を抜くように「あとは、まあ、それっきりだ」といった。
「その彼は」と、おれは訊いた。「その後」
「ずっと、噂だけは聞いた、そのままいい学校を、いい成績で卒業したとか。で、なんか、頭のよさそうなところで働きはじめたとか」
まるで願いのような言い方だった。
そして、おれは「そのバードっていう、彼」と口を開いた。「竜を喰ったってのが、彼」
そう言った後で、少し、苛立っているじぶんをみつけた。同時それは、最小限にとどめているつもりだった。
「うん」
トーマシンがうなずいた。
「あいつ竜の実を食べたって」お伽話の一文のように言う。「それで竜みたいに強くなって、わたしの前に現れ、わたしはやつけられた」
竜の実。
竜の実には心当たりがある。あれか、というものをまえに目にしたがある。
けれど、竜の実を口にして、竜のような強さを得る、そんな話は聞いたことがない。
なにしろ、人間が竜の身体を体内に取り込めば、生命を落とす。竜の全身は、人にとって、猛毒だった。
いや、返り血を浴びたくらいでは、死なないが。
いずれにしろ、人は竜を喰えない。
そして、竜は人を喰わない。
竜が怒ったとき、ただ、焼くだけだった。竜が人にかかわる方法は、何もしないか、破壊。この二つしかない。
「わたしの前に現れたあいつは、竜みたいな眼をしていた」トーマシンが言い出した。「あんな眼で人を見るようなやつじゃなかった」
「眼」
「あいつは西へ向かった」
「だから、西か」
「わたしがやつけれたとき、あの場所に来いって言われた。そこはわたしたちがはじめて出会った場所、はじめて戦った場所。わたしはむかし、そこであいつに一度勝ってる、で、あいつはわたしに一度勝った。つまり、三本勝負ってことみたい、そこでわたしと最後の決着をつけるって」
「彼はきみに勝って、きみと一緒になるのか」
言った後で、確認したくない、と強く思った。けれど、情報を先に進めるしかない。
「そう、なのかね」
また苦笑する。首元の傷も見えた。
喉をしめられた後が、青空の下にくっきりと見える。
「西であいつが待ってる。竜みたいになったバードが。もう人間じゃなくなったバードが。あいつは、わたしが止めるしかない」
「けれど、きみはおれに依頼を」
「うん、こわかったしね」
笑いながらいった。
「とくに昨日の夜は、ひとりじゃ絶対に無理だった、まともに呼吸もできてなかった」
なら、いまはどうなんだ。
そう訊ねかけて、けっきょくやめた。
トーマシンは「バードを追って、西に行く」そう告げた。「でも、その前に、情報を集める。あいつに竜の実を売った男を知っている。そいつに会うの、あの男なら、あいつから竜の実の力を引きはがす方法とか、倒す方法とか、知っているかもしれない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます