じもとのたすけ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 尾行されている。

 しかも、いまこうして歩いている場所は、この町でも、はじめて歩く地域だった。三階建て以上の建物が、ぎゅうぎゅうに隣接して立ち並び、道は迷路のように入り組んでいる。高い建物に囲まれている影響で、太陽の光が地面まで半減以下しか届かず、なかなか暗い。

 そして、人は微塵も歩いていない。静かだった。

 静かゆえ、小さな物音もよく聞こえ、尾行に気づけたともいえるけど。

 いまは歩みを止めず、左右を高い建物に挟む、せまい路地を進む。

 空気は冷たい。おれは尾行に気づいたことを尾行者にさとられないよう、そのまま歩み方を維持する。いっぽうで、いつでも間合いを取れるよう襲撃に備えた。

 どうやら、おれはいま誰かに賞金をかけられているらしい、賞金首だった。実際に、これまで幾度か賞金首狙いで襲われた。

 なぜ賞金首になっているのか、その理由は不明である。

 だから、すごくこまっている。尾行されている理由も、賞金首の件の可能性がかなり高い。

 路地を曲がる。より、すると細い路地になった。このあたりの土地勘がないので、人がいる方向がわからない。それに、襲撃されるとしたら、狭い路地り、広い方がいい、動きの選択肢がふえる。

 おれは竜を追い払う、竜払いという生き方を選んだ人間である。背中に剣を背中っているけど、これは人と戦うための剣ではない、竜を払うための剣だった。

 ゆえに、たとえ尾行者が刃物で攻撃をしかけて来たとしても、この剣は。

 と、思った矢先、向こうの気配が雑になる。

 そして、路地の先に、すっと、独りの男が現れた。三十歳くらいだろうか。黒い長髪を後ろでしばり、あごに無精ひげを生やしている。右目には黒い眼帯をしていた。姿を見せた相手は、笑んで、纏っていた外套を片手でまくってみせる。腰には二本の短剣と、一本の手斧が吊り下げられていた。

「助かるな」

 と、男はいった。

「なんとも楽ができるぜ」

 相手は落ち着いている。けれど、殺気はある。

 おれは立ち止まって間合いをとる。

 男は笑んだ。

「この町のこの場所は、俺の育った場所さ。悲劇だな、これは、ここに入り込んだお前のしくじりさ」

 圧倒的有利を宣言してくる。

 なぜ、そんなことをわざわざ姿を現してまで、標的に宣言するのか。というと、きっと、圧倒的有利だからだろう。

 むしろ、それだけ、不利な場所ということか、ここは、おれに。

 ありあまる、不利なのか。

「貴様がヨルだな、そうだな。一応、こっちも名乗ろう、俺の名はゼゼロン」いって、男は笑んだ。「ったく、まさか、まさかまさか、貴様を仕留めるためとはいえ、十五年ぶりにこの町に帰ることになるとはな。ふん、故郷か、っは。まあいい、すべては金のためだ」

 眼帯をしていない左目を邪悪そうな曲線でゆがませて笑う。

 そして、男の左右の手が、腰に吊るした得物へのびる。

 そのとき、新たな気配がした。

「あらららららららぁ!」見ると、通りの向こうから、六十歳ほどの小柄な女性が声をあげていた。「まあまあまあまぁ!」

 おどろき、そして、うれそうな表情だった。

 で、彼女は男へ小走りで近づき、すぐそばに立った。

「ゼッちゃん! ゼッちゃーんじゃなーい! まああ、ひさしぶりねえ、あれれ、あれれ、まあまあ、ええ? なに、帰ってたのぉ? うーわ、何年ぶり? じゅう、十年以上ぶり、かしらね? まー、ほんとねえ、ええ? ねえねえ、おばちゃんのこと覚えてるー? 隣の家に住んでたじゃない、あれれ、まー、まー、こんなに大きくなちゃって、ねえー」

 彼女はとてつもなく、なれなれしく男に接しだす。

 そういえば、男はここで育ったといっていたし、彼女は昔の知り合いなのかもしれない。

 で、男の方は。

「え、いや………その」

 すごく、対応に困っていた。

 対して、彼女はそのままの勢いをで接する。

「ええ、ゼッちゃん、こんなにもう大きくなって。んん? あらら、右の目ぇ、どうしたのー? 怪我してるのー? あんたさー、むかーしっから、あれなんだからねえ、気をつけないとー、もう髪ものびのびだし、切らないとねぇ、あ、そうそう! お母さんのところにはもういったの? あの人はそりゃあもう元気よぉ、あのね、この前もね、わたしと二人で麺の大食い大会出てさー」

「あ、いや、母さんのところには………いってなくって………」

「まああ! なーんてこと、そりゃ駄目よ! 駄目駄目よ! 駄目にんげんよ! ちゃんと帰らなきゃー あ、わーかった! もしかしてしばらく帰ってなかったら、帰りにくいんだね? そうなのね、帰りにくいのね! ぃよーし、わーかった、じゃあね、おばちゃんがね、一緒にお母さんとこ行ってあげるね! さあ、すぐ行こう! ね! はいはい!」

 そう宣言し、彼女は男の右手を掴むと、ぐいぐいひっぱって行ってしまった。彼女、なかなか、すごい力である。

 そういえば、男は最初におれの前へ、こんなようなことを言っていた。ここは自分の地元だし、土地勘もあるので、ここにおれが迷い込で助かる、的なことを。

 けれど、けっきょく、地元に助けられたのは、おれの方である。

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