むりからたからを

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 外見は二階建てなのに、中は一階建てだった。

 その依頼人の家は天井がひどく高かった。

 家は森を背にした場所に建っていた。森の中に現れた竜を払って欲しいという依頼を受け、現場へやってきた。男の依頼人で、歳は四十前後か。木材のような色の頭髪を、後ろにながしていた。

 きけば、竜が現れた森は、近所の子どもたちがよく遊びに入るらしい。

 その話を聞き、おれは森へ入った。

 やがて竜と遭遇した。かなり大きな竜だった。森の木々の間に身体はめり込みがちで、竜が動くたびに、木が割れて倒れた。しかも、活発で、おれが迫ると飛んで、着地するたびに、地面が大きき揺れて、木々に宿って鳥が一切に羽ばたいて、葉も大量の落ちた。

 苦闘の末、竜を空へ還した。

 それから、依頼人の家へ戻った。玄関まで行き、扉を叩いた。

 すると、扉が勢いよく開かれ、依頼人の彼は興奮した様子で話かけて来た。

「じ、事件ですよ、竜払いさん!」

 いきなり、ありのまま興奮をぶつけてくる。とうぜん、こちらは気持ちがついてゆかない。

 なので、とりあえず、泳がすことにした。

 すなわち、無反応である。

「ちょっと、来てください、こっちです、こっち!」

 けれど、彼はこちらの無反応など気にもせず、家へ招き入れる。依頼人を邪険にもできず、おれが「では、お邪魔します」と、告げてから中へ入る。

 現場へ来たときも入ったが、やはり、家の天井が高い。

「宝箱が落ちてんです!」と、彼が攻めてくるような前のめりで言った。

「宝箱」

「はい! さっきの地震で、天井から宝箱が!」

 指さされた先を見ると、確かに、大きさにして大人が両手で一抱えしなければ持ち運べない大きさの童話に出てくるような、長方形の箱に半円の蓋がついた、いかにも宝箱のような箱が床にあった。

 地震といっていた。それはおそらく、竜が森で暴れたときに着地の振動だろう。

「宝箱」おれは、今一度、つぶやき、箱を見た。たしかに宝箱っぽい、箱である。

 けれど、いままで宝箱っぽい箱に、宝が入っていることなど、現実では見たことがない。そもそも、宝箱を見たのも初めてだった。

 彼の興奮の時と同様、この展開に、こころが微塵もついてゆけていけない。

 おれは「天井から」と、言いつつ、上を向いた。高い天井には、骨っぽく入り組んだ柱がある。

「はい、たぶん、天井にずっと隠されていたのかと」彼は、鼻息を荒くしつつ、語った。「この家は亡くなった父親から引き継いだのですが、その父が隠していたのかと」

「天井に宝箱を隠すような父親だったのですが」

「天井に宝箱を隠すような父親でした」

 彼は断言してくる。

「開けてみますね」そして、一方的に宣言して、宝箱へ近づく。

 おれも中身は気になった。

 やがて、宝箱は開かれる、中身は空だった。と、思ったが、箱の底に紙が入っていた。

「こ、これは父親の字です!」彼は声を張っていった。

 元気だな、この人。

 と、頭のなかでおれが感想をつぶやいていると、彼が続けた。

「これは、見取り図ですね、ああ! この家の見取り図です、おや、地下ですかね、地下に何かるあると書いてあります、ここに印が。うん、いってみましょう」

 おれの関与なしに、話は自動的に進んでゆく。依頼人は、部屋の端にはった床をはがしてた。その下に階段が現れる。彼は宝箱に入っていた紙を手にして、階段をおりていった。

 おれが階段を降りる。すでに明かりがつけられていた。

 地下は貯蔵庫らしい。そして、彼は地下の床にしゃがみこんでいた。手で床の砂を払うと、そこに、蓋らりきものが現れ、それを剥がしだした。

 すると、床に正方形ほどの浅い空間があり、そこに鍵があった。

「こ、この鍵は!」

 と、彼は鍵を手に声を張る。

「まさか!」

 そして、向けた視線の先に、鉄の扉があった。

「あの扉はずっと鍵がかかてて、開かない扉だったです」

「手際いいですね」おれは感想と「準備とかしてたんですか」と、疑惑を口にした。

「扉が開きました」

 彼の方は、すでに鍵で地下の扉を開いていた。扉の向こうは、扉の幅しかない小さな部屋だった。見たところ、なにもない。

「紙が置いてありました」

 彼がそれを手に持ってくる。

「こ、これは、この家の見取り図だ!」

「あ、またそんな感じなんですね」

「まってください、こ、これは、印が、この見取り図にも印が、天井です! 天井に印が、はっ!? ちょうど、あの落ちてきた宝箱があったあたりです、ということは、つまり」

「終わりですね。ぐるぐる、隠し場所が回ってるだけの、徒労を体験させる仕組みですね」

「もしかして!」彼は、ひらめいたのか、見取り図に、筆を走らせた。

 その筆は、どこから取り出したんだ。手品師なのか。

「見てください」

 彼は見取り図を掲げた。天井にあったらしき宝箱の場所、地下に隠された鍵の場所、扉の場所を線でつないでいる。

 そこに正三角形が完成した。

 で。

「そういうことか、父さん! わかったよ!」

「ごめんなさい、何事ですか」

「生前、父さんは浮気ばかりして、母に何度も滅ぼされかけました。つまり、人生は、三角関係に気をつけろ! これが父さんからの最後の教えだったんです! この教えこそが、宝だったんです!」

「そうですか」

 まったくわからない。けれど、彼がわかったなら、それでいい。

 そして、あとは、これを彼へ伝えるだけである。

「あなたの宝は、おれには宝ではない」

 むろん、伝える必要はない。

 気持ちの問題であり、そして彼には気持ちに問題がある。

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