そででかん
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
この大陸内でも、有名で大きな学校の数々が集中して存在している港町らしい。
そういえば、こうして日中の町を歩いていても、二十代前後の姿がよく目につく。その若者のなかには、生活感の領域を遥かに超えた奇抜な服装を纏っており、また、その奇抜な服を販売している店も多くみられる。ありきたりな衣服を探す方が難しそうだった。
むしろ、生活しづらいのではないか。
と、心のなかで感想を述べつつの繁華街を歩いているときだった。
「おにいさん!」
声をかけられた。
「おにいさん、お芝居、お芝居見てゆかないかーい!」
顔を向けると、全身白い服を着た、白髪の若者だった。ひょろ、たてにながい青年だった。歳はそう、こちらと大差なさそうだった。
髪はあえて白く染めていそうだった。ふしぜんな色の白だった。
「あのね、いまこの町で一番人気のお芝居をやってるの、ねえ、おにいさん、見ていかないかい、若手の役者たちが、いーい芝居をしてるんですよ、文学的な芝居してます、ね、文学」
距離の詰め方が、なかなか、なれなれしくもある。
そのまま通る過ぎることは容易いものだった。
けれど、ふと、いったいおれとそう歳のかわらない者たちが、どんな芝居をしているのかが気になった。
そこでおれは彼へ訊ねた。「どんなお芝居なんですか」
「ああー、あのね」彼はなれなれしさの濃度を増しながら言った。「あの大森林にまつわる伝説をもとにした、創作劇ですわ。伝説の森の女王をめぐって、ふたりの男たちが決闘するんです」
「森の、女王」
「ま、三人劇ですね。ささ、どうですか、文学的ですよ」
大森林にまつわる伝説、という部分に、少しひっかかった。そういう伝説があるのか。
「あのめ、劇場は、あの建物の二階ね、あの階段を、とたとたー、って上がってもらって、扉をあければそこは芸術の世界、ってね。あー、もうすぐだ、うん、ほんと、すぐに幕があいてしまいますよ、ふふ、ささ、急いでください! 若手役者による最高の芝居ですから、ねえ、この町で一番人気のお芝居ですからぁ、うちの芝居は! 文学的だし!」
彼が興奮しながら指さ、三階建てへと視線を向ける。
芝居観賞か。
まあ何事も経験か。と、その思想にもとずき、おれは外階段から二階へあがった。扉をあけて、眠そうな目をしや受付の人物から券を購入する、安くはない値段だった。
劇場内の客席は、およそ四十人収容できそうだった。舞台は五人も横に並べば、もう一杯の大きさである。
おれは背中から剣を外し、手に持って観客席へ腰をおろす。
客席には、おれひとりだけだった。
たしか、この町で一番人気だと聞いた。そして、すぐに芝居が始まると聞いた。
しかも、次の瞬間、幕も開く。
客席には、おれひとりだけだった。
いいのか、と思っているときだった。
『えええええ、そうなのぉ!』見えない舞台袖から、男の声の焦る声が聞こえて来た。『来れないって、え、急に、彼女? うそうそうそうそ、え、もう、幕あいちゃってじゃん、幕ぅ!』
顔は見えないが、なにやら、慌てふためいている様子。
なんだ、不測の事態か。
『調子が悪いから来れないの………彼女? え、えええ!」小さな劇場ゆえか、舞台袖の声がここまでまる聞こえだった。『え、え、じゃあ、どうするの、女王役、いないじゃん、女王さまが! 男ふたりしかいないじゃん、これ、三人芝居だよ! え、え、え、女王いなきゃ、取りえないじゃんかよ、男女三人の三角関係がなりたたないじゃんかよぉ………』
あまり耳にしたくない、いたたまれない気持ちになるような話が、どばどば、客席側へとこぼれて来ている。
いや、まてよ。
まさか、もう芝居は始まっているのか。
ゆだんしてはならない。これは演出なのではないか。
『って、なに! えええ、あいつもこれないのぉ、彼も今日? え、彼も急病なの? え、ええー! じゃあ、三人芝居なのに、俺しかいないの? だって、ええええ、もう始まるじゃん、舞台!』
まだまだ舞台袖から聞こえてくる。
やはり、そういう演出なのか。
ゆだんしてはならない。
『男女三人芝居で、男の俺ひとりしかいないって、どういうこと? え、え、えど、ど、ど、どうしろってんだよ、え、えええー!』
戸惑いの演技か。迫真である。
『だからって、いますぐひとり芝居に切り替えろ、って、お、おまえ………あ、あー、まてまて、はは、あーあぶないあぶない、ふー、どうせさ、今日も客なんてひとりお入ってなんだろうぅ? ふふー、ひとりもいないだよ、はは、あー、あせったぁー、ったくさー、そうなんだろ、へへ、客なんていないだよ、こんな芝居見るやつなんていないよ、ほんと、感性がだめよなぁ、もう滅んでる、その感性、つまんない奴にちがいねえ、うん』
迫真の侮辱の演技である。演技でなければ、たいへんなことになる。
場合によって、腕の一本や二本、もぎとられてもしかたない侮辱加減だ。
『ってー、おい、まてよ。なあ、そういえばー……・あのふたり、え、そろって体調不良なのか? え、風邪? ふたりともー………同じようなー……風邪? ってことはー…………ぁあああああああ奴らぁあああまさかあああああ! あの女ぁあああああお、お、おれというものがいながらああああああ!』
とたん、咆哮がきこえ、舞台袖がどたばだと騒がしくなる。何かも割れた音がした。
やがて、静寂が訪れる、絶命的な静かさだった。ただ、以前として、幕のあいたまま、舞台には誰もいない。
ほどなくして、受付の人がやる気なく「本日のなんか、これで終わりです」と、いった。
そして、幕が閉まりだす。
はたして、どこまでが芝居だったのかは不明である。どこまでが演出だったのか。
いずれにしても、舞台は終わったというべきか、終わっている舞台といべきか。
まあ、損だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます