もの

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 家になかに入り込んだ竜を払ってほしいという依頼を受け、早朝からその家へ向かう。空はよく晴れていた。現場で待っていたのは若い男性の依頼人だった。彼は、その家にひとりで暮らしているという。

「ははははははははははは、見かけたのは、小さな竜です」笑い声の妙に長い依頼人の男性は、手で「こんなんです、こんな大きさです」と、見かけた竜の大きさを示す、竜は猫ほどの大きさらしい。そして、それから彼はまた、ははははははははははは、と、妙に長く笑った。

 その笑い声を遮るべく「家のなかに竜が入り込んだんですね」と、いま聞いたばかりことを、あえて確認した。

 彼は「そうそうそうそうそう、ははははははははははは」と、笑い、一度、息を吸い「ははははははははははは」と笑った。

「では、失礼して、さっそくなかへ」家の戸を指さし、現場への移動をうながす。

「あいてますよ、どうぞー、ははははははははははは」

 許諾を受け、戸をあける。

 中にはいると、なかは異様な本、置物、絵、食器、木箱と、とにかくものだらけだった。足の踏み場もない。一切の空白など許すかとばかりに、ぎっしりと詰まっている。

 ひとまず、戸を一度しめた。

 そして、しばらく黙って彼を見る。

 ほどへておれは「物置ですね」と、断定していった。

「いいえ、家です、ははははははははははは、家」

 長い笑いを受け、少し間をあけてから「そうか」と、いって戸を見た。「家なのか」

「あの、遠慮なく、なかへどうぞ、竜払いさん、ははははははははははは、ははははははははははは」

「なるのど、依頼の方を遠慮していいんですね」

「ははははははははははは」

 返しを長い笑いだけでされた。なぜだろう、その笑いをあまり長く聞き続けると、呪いにでも掛かる気がして、しかたなく、素早く竜を払って、引き上げようと決めた。

 これが最後に吸える美しい酸素だと思うようにして、息を大きく吸い、戸をあけて中へ入る。ほとんど、死の世界へもぐる覚悟だった。

 やはり、家のなかはものだらけだった。もので壁が見えない。どれも、ものの品質は悪くなさそうだった。未使用らしい美品ばかりだった。

「ははははははははははは、お金が入ると、買ってしまうんです。ははははははははははは」

「足の踏み場がないのですが」

「ついて来てください、隠し順路があります、ははははははははははは」

「隠し順路」と、口にして「それは、まず隠してない順路を確立してこそ、隠し順として成立するのではないかと」と、指摘を述べた。

 けれど無視された。笑ってもいない。そこに彼のなかの闇を感じなくもなかった。

「けれど、これでは、どこに竜がいるかわかりませんよ」部屋中のものへ視線を向け、そして言った。「今日は晴れてますし、いったん、ここにあるものを外へ出す」それは提案ではなく、決定として告げる。

「ははははははははははは、そうですね」彼は笑って応じた。

 それから、ふたりして、ものを外へ運ぶ。幸い、重いものはなかった。ただ、品数が多い。本がとくに多かった。あと、得体のしれない民芸品だった。依頼人は最初は、ひとつひとつ丁寧に運んでいたが、数が多すぎたため、しだいに、投げるように外へ出すようになっていた。

 見ると、運び出した民芸品のなかに、猫ほどの大きさの竜がいた。鎮座し、しっぽをゆらし、こちらを見ている。

 おれではない。知らないうちに、彼が竜を物思って、直に手で竜を運び出していたらしい。

 見ると、彼は笑ってない、顔は青ざめ、震えていた。

 きっと、たとえ、この竜を払ったとしても、彼の笑顔はしばらく取り戻せそうにない。

 笑顔を取り戻すのは、自力で頼む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る