ひとりじゃない

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 家の前に現れた竜を払って欲しいという依頼を受けた。現場へ向かうと、家は大きく、比較的、町の中心部にあった。高級住宅街でもあるらしい、依頼人の家もそこにあった。

 もはや、威圧感まで放つほどの立派ない門の前に、葡萄の木ほどの大きさの竜が、胴を首に添えた状態で、鎮座していた。目をぶつっている。

「あの竜です、払っていただきたいのは」

 家の主である妙齢の女性がそういった。身なりからして、資産家らしい。

 門の前にいるので、案内されるまでもなく竜の場所はわかっていた。

 それは同時に、通行人からも見える場所だった。門の前に現れた竜の周囲に、多数の見物人が出来ている。依頼人の同様、上質な身なりの人たちばかりで、あまり間近で竜を見たことがないのか、めずらしそうに見ている。

 人に見られている前で竜を払うことはあるが、さすがに距離が近い。きっと竜というものをあまり知らない人たちだった。

「いけませんね」と、依頼人の女性は仰々しい口調でいった。「目立つのも、こうして目立つのも、家の名に影響があるとも思えませんし」

 と、いって、おつきの執事の男性へ目配せをした。

「人払いを」

「かしこましました、すぐに呼んでまいります」

 ほどなくして、鼻のあたまに浅い十字傷のある、活発そうな顔立ちの青年がやってきた。おれの方を見て「へへ」と、笑った。

 なんの、へへ、だろう。

「おれは人払いだ」

 聞いてもないのに、告げてくる。そこで、ごくうすく「そうですか」と反応すると、彼は人だかりへ視線を移した。

「人を払う専門職さ」また、聞いてないのに教えてくる。お金払って呼んでるのか、まさか、この人を。と思っていると「おっと! いけねえ!」と叫んだ。

 無表情で「どうしましたか。帰りますか」と、聞いた。

「い、犬だ! 犬がいやがるぜ!」

 騒ぐ。指さした先に、たしかに犬がいた。散歩中に見物して人の飼い犬らしく、小型で、しろくて青空に似合う雲みたいにふわふわしている。

「だ、だめだ。犬は苦手だ、こうなったら、犬払いを!」と、彼が執事へ向かって叫ぶ。

 執事は「かしこまりました」といった。

 かしこまったのか。と、おれが小さく驚いている間に、若い女性が現れた。

「犬はどこだい。おっと、紹介が遅れたねえ、わたしは犬払い、犬を専用に払う者だよ」

「職業として成り立つんですか、それ」

 聞いた後で、そういえば、ここはお金持ちの住む町だし、ありえるのかもと気づく。ありえても、そのいまいちさは不動だけど。

「おっと、あの犬かい、わたしに任せときな」かっこよく女性はいって、犬へ近づく。とたん「ぬあああ!」と、奇声を発した。

 今度はなんだ。眉間にしわを寄せてしまう。

「だめ、あいつ、そこに烏がいる! 鳥払いを、鳥払いを呼んで!」

 執事へ向かって叫ぶ。執事は「かしこましました」と応じる。

 いや、執事、かしこまりました、って、仕事をこなしているふうだけど。きみ、それはある意味、仕事してないと同じなのではないか。

 心の評価もむなしく。あたらしい人物がやってくる。白髪の老婆だった。「烏はどこだい、けーっけっけっけ」

 変な笑い方をするのが来てしまった。どうしよう、果たして、あの人に社会性はあるのか。

「っけけ!? い、いかん! 野次馬のなかに孫がおる! い、いま金がない、お小遣いをせびられる!」

 そして、期待を裏切らない。期待する方も、不味いが。

「かりこましました」もはや、執事も先取りで動きだす。「孫払いを呼びます」

 その後、さまざまな払いの専門家が呼ばれた。孫払い、教師払い、教頭払い、校長副校長払い、校長払い、学校の事務員払い、教科書業者払い、税務局職員。

 後半はなぜか比較的、教育関係者の集中した。

 教頭払いあたりで、竜は払った。依頼人は、おれと集まった人たちにも依頼料を払った。教科書業者は、税務局へ払った。

 きっと、暇を持て余した、上流階級が送る、がんばったで賞金、だ。

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