きのどくしゃ

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 ほぼ、日々、何かしらの本を読んでいる。

 小説、小説以外に限らず、おれは時間があれば本を読んでいた。

 これは個人的な性質か、文章を読でいるとその間は妙に落ち着く。それに、意図せず、あたらしい知識も転がり込んでくることもある。さらに、じぶんの中にはなかった言葉に出会えると、心の風通しが良くなることもあった。

 読み終わった直後は、空の青さ高さを再認識する本もあったし、とたんこれまで見ていた海が、ひどく恐くなる本もあった。

 おれをやすやすと変える、それがおれにとっての本である。

 ただ、旅暮らしのため、所持する本は常に一冊と決めていた。立ち寄った町で、本を手に入れ、読み終わった本は店などで引き取ってもらったり、人にあげたりした。

 そういえば、その町から遥か遠い土地で買った本を譲ると、その土地の人に、けっこう喜ばれたりする。

 今日、午前中の間は、竜払いの依頼はこなかった。そこで本を読んで過ごした。途中、昼食をとり、剣の素振りをし、また本を読んだ。そして、そのまま、手持ちの本を読み終えた。

 いい本だった。

 それはそれとして、こうして手持ちの本が読み終わると、新しい本が必要になる。読み終わった直後はまだ大丈夫だけど、次に読む本が長い間、手元になかったりすると、だんだん、少し、落ち着かなくなるじぶんがいた。

 そこで、さっそく町の本屋へ向かった。この町には、そこそこの期間を滞在しているので、良い本屋はすでに把握済みである。

 冷たい外気の中、馬車の行き交う大通りを進む。この町は寒く、人々は厚着だった。みな、無表情で足早に歩く。道端で話し込んでいる人は滅多にいない。

 本屋へ到着し、本を選び、購入し、ついでに読んでいた本を引き取ってもらった。

 そして、店を出ようとしたときである。

「あの………そこの読者」

 と、男から声をかけられた。

 そこの読者。

 その未体験な呼びかけられ方に、おれはひっかかり、足を止めてしまった。

 見返すと、相手は三十代前後の男性で、目の下の濃いくまがある。顔色は悪く、草臥れた外套を羽織っている。

「ちょっといいですか………」男はおれへこういった。「読者ですよね………あなた………?」

 それがどういう意図に問いかけなのか、理解できず、おれは考えたあげく、ただ、沈黙を持って対処した。

 すると、男はさらにしゃべる。

「いえ、その………本を買われたようなので………あの、その………ひろい意味で………読者………と、いえるのではないかと、あなたは………」

 追加でそういわれた。

 で、おれは少し考えた末、沈黙を持ってこれに対処した。

「ああ、ともかく………」男はいった。「本屋で本を買うぐらいですし………あなたを………本を読まれ、読書家と見込んで、お願いがあります………」

 お願い。

「あの、じぶんは」

 彼は外套の下をがさごそしだす。

 もしかして、刃物でも出すのか。

 その時は。

 やるしかない。

 と、そう心を設定した。けれど、彼が取り出した羊皮紙に包まれた紙の束である。

「小説家………でして」

 小説家。

「いえ、おはずかしい話ですが、その………これがいま書いている小説で、こうして途中までは書いたのですが………物語の展開に………ゆきづまってしまって………この先、どう物語をすすめていいものか、まったく見えず、書けず、それで、あの……不意打ちなんですが、どうか、ちょっと、これを読んでみていただけませんか………それで、その………なにか感想などをいただけませんか。ああ、いいえ、これが突飛なお願いだとはわかっています………じゅうじゅうと…………しかし、こういう場合、わたしにとって………完全なる無関係者の方に読んでいただいた方が………きたんのない感想をいただけるんじゃないかと、それを聞かせてもらえば、もしかすると…………この先をどう書けばいいのか、みえてくるんじゃないかと」

 つまり、彼が途中まで書いた小説をおれが読み、その感想を伝える。

 おれの感想によって、ゆきづまった物語が先に進める何かが掴めるのではないかと。

「どうか、お願いします………物語の続きを書くために、その、なにか、なにが欲しいんです………そう、なにが」

 と、彼は重ねて懇願してきた、すがりつかんばかりの勢いである。追い詰められている感もかなりある。

 そうは言われても、なかなか飛び道具的なお願いである。

 とはいえ、相手は困っている。しかたがない。

 おれは「では、拝見」と、伝えて原稿を受ける。

 読む。

 ―――南のある半島の内陸部に近くに小さな村があり、そこで桃の味の茸の密造販売をしていたある夫婦三人組が虹色の酒におぼれた海豚の群れの祭りに励んで手拍子していたところ、山の裏の洞窟を流れる川の源流の滝を遡ること三百年前、数多の雷が降る夜の、隕石が接近中に描かれた壁画、その秘密は誰も知らない学校で授業され、一方その頃、王の命を受けて砂漠の賭博所を公私混同で仕留めるため、熊の言葉を話す犬が猫のふりをし歌劇団へ参加の後、わが友よと井戸の底から飛んで落とし穴専門の靴職人が昨日よりも、なお、さんざめき―――。

「うん」

 おれはそこまで読んで彼へ伝えた。

「読者の負担が大きすぎる」

 

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