そだてられた

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 三日ほど前からとある葡萄園に竜が現れた。いまが葡萄の収穫時期なので、作業する人間が竜をこわがるので、竜を払ってほしい。

 その依頼を受け現場へ向かった。

 現場へ到着すると、葡萄園の持ち主の男性自ら案内され、園内を歩く。

 葡萄はちょうど、大人が手を伸ばせば届く位置にぶらさがり実っていた。低い位置に実がなると、猪などの動物に食べられてしまうので、高い位置に実がなるように、調整されているらしい。収穫した葡萄は、葡萄酒専用なのだという。

「しかし、今年の葡萄は少し不出来でしてな」

「不出来では、酒の品質の方もはやり影響が」

「ええ、こういう葡萄でつくった酒を飲むと、悪酔いしやすくなったりしますよ」

 そう言って彼は、がははは、と笑った。それが冗談なのかどうかは、こちらには知識がないので判断がつかない。

 ほどなくして竜が見えて来た。葡萄園のすぐそばにいる。葡萄の木と高さはそう変わらなかった。

 竜はおとなしく鎮座している。

「あの竜です」依頼人の男性がいった。

「はい」返事し、それから「ところで」と、訊ねた。

「なんでございましょうか」

「あの竜の近くにいる娘さんは、知り合いですか」

「ああ、あれ、ですか」依頼人はこちらの問いを、いったん引き取り、数秒ほど経てから「やっぱり、気になりますか」と、返してくる。

 視線の先、鎮座する竜のそばに少女が立っていた。十五、六歳くらいか、町を歩くような服装からして、農園関係者とは考えにくい。彼女は涼しい顔をして立っていた。

「今朝ほど園内で作業していたら、あそこにいましてな。どうしたのかと聞けば、あの娘さん、じつは、じぶんは竜に育てられたと言います」

「竜に育てられた」

 そんな話は聞いたことがない。竜が人を育てる。そんな事例は聞いたことがない。

「いいえね、なんでも、そんなわけでじぶんは、竜とは分かり合えるので、仲間としてああしてそばにいるようです。あぶないから竜から離れなさいと、言ってますが、いやはや、わたしたちも、その、竜がこわくて近づけず」

「あの娘さんは、あの竜に、育てられたと言ってるんですか」

「いいえ、そこまでは」

 顔を左右に振られる。

 あらためて彼女の方を見た。

 竜は人間から攻撃しなければ、基本的には攻撃してこない。その性質を知っていれば、ああやってそばに立つことも出来はする。

 けれど、彼女の涼しげな顔は演技なのか、それとも、本当に竜に育てられたゆえに、竜のそばにいても平気なのかは不明だった。

 もしくは、危機に対する管理能力が致命的に低いだけか。

「あの」おれは依頼人へ聞いた。「話したってことは、あの娘さん、人の言葉は話せるんですよね。竜に育てたられたのに」

「ええ、そこはわたしも、気になって聞きました。すると、人間の言葉も竜から教わったと」

 それは。

 ぜひ、確認しよう。

 決めて、ひとまず依頼人にはここにいるように伝え、彼女へ歩み寄る。

 近くまで行くと、彼女に涼しげな表情で一瞥された。

「はじめまして、ヨルといいます。あなたは」少し考えてから聞いた。「竜に、育てられたと聞きました」

 そう訊ねる。

 すると、彼女は、上下の唇をゆっくりと引きはがし、答えた。

「はい、わたしくは、竜に、育てられました、りゅう」

「では、人の言葉も、その竜から教わったんですか」

「はい、言葉も竜から、教えられました、りゅう」

「いくつの頃から竜に育てたんですか」

「そう、あれは生まれてまもなく、りゅう、森でまよったわたしは、ある竜に出会い、そして、そのまま育てられたの、りゅう」

 そこまで会話したところで、彼女の足元を見る。食べ終えたらしき葡萄の茎がいくつか落ちていた。

「ちょっと失礼します」

 彼女へ頭をさげ、おれは一度依頼人の元へと戻った。

 それから神妙な面持ちを依頼人へ向け、やがて、彼へ告げた。 

「しゃべり方の設定を、深刻なほどしくじっている気しかしない」

 きっと、葡萄の食い逃げをばれるのを誤魔化そうとして、無理にこの展開を。

 じつに、雑だった。

 これは品質に問題がある。

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