おしえられなかったもの
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
可能な限り、毎日、剣の素振りをする。
それは自身の身体状態を確認するためで、一振りすれば、だいたいその日の調子がわかる。
そして、もうひとつ逃せない理由がある。剣はたまに振ると、失敗しがちだった。
素振りは人の目につかない場所でやる。いくら素振りとは、人がいる前で剣を抜けば不要な誤解を生産しかねない。人里は離れた場所だと気兼ねなく振れる。けれど、町中だと、宿の部屋で振った。
素振りを数回しかしないのは、狭い部屋で、そう何度も素振りも出来ず、それでも身体の状況を確認できるように進化したともいえる。
とにかく日に一度、剣を振ってみれば、一瞬でいまの自分がわかった。ああ、これでは、とても竜を払えないとわかる。
竜を払わない日はそれなりにあっても、剣を振らない日は、ほとんどない。
そして、その日も依頼を受け、竜を払いに向かっていた。
真昼の森の道をひとり歩む。
途中、森の中で持参した昼食をとり、それから、道から少しはずれて森の奥へ入った。
森の奥は静かだった。それでも、じっと耳を澄ませば、かすかに、近くを流れている小川の流れる音がきこえる。
木の上で、小さく枝がはじける音も聞こえた。栗鼠でもいるらしい。
背中から剣を抜く。竜を払いための剣は、剣身が白い。そして、おれの剣は刃が入ってない。だから、何も斬れない。斬る、ではなく、叩く、という攻撃になる。
振り上げ、斜へ振り下ろす。
仕上がりが悪い。
少し、調整が必要と感じた。
そのとき気配がした。やがて足音が聞こえる。森のしめった土と落ちた松葉を踏んでやってくる。不思議な足音だった。まるで足が三本あるような感じがする。
足音はしだいに近づいて来る、気になって、その場にとどまり様子をうかがった。
やがて、視界の範囲に木の杖を突いた小柄な老人が現れた。あごに長く白い髭を生やしている。装いから、森で茸でもとっていたのではないかと思える。
足が三本あるように感じたのは、杖をついていたかららしい。
「いま、そなたの振る剣をみさせてもらった」
老人は挨拶もなく、そう告げてきた。
「そなたの振る剣には、足りないものがある」
いきなりだった。いきなり、そう言って来る。
で、まず、誰なんだろう。
「わしが、それを教えてしんぜよう」
これは、交流、すべきなのか。
迷っていると、老人は持っていた杖を、こちらの足元へ放り投げた。
「それでわしへ斬りかってくるといい、全力でだ、決して手を抜くな」
いきなりをそう告げてくる。
にしても、老人の要求は、なかなかの負担だった。
いや、けれど、もしかすると、と純真な部分が働いて、とりあえず、剣は背中の鞘へおさめ、それから老人が放った杖を手を拾う。杖は、どこにでもある、ありきたりかつくりのものだった。
「さあ、斬りかかってくるがいい。好きなときに、好きなように」
そこで横なぎに杖を振った。
それが老人の右側頭部に直撃する。根菜が砕けるような音がした。
あたったぞ。
軽くふったので、たいした怪我はないはず、衝撃も小さくはず、けれど、むしろ、
こちらの心への衝撃は大きい。
やがて、老人は言った。
「もう、そなたに教えることは何もない」
「もう、というか、いや、何も」
「すまん」
ふと、老人は謝罪を述べた。
「いや、なんかひさびさに、この森に来て、自分に酔いしれた感じで、旅人に剣の指南しようとしたので、ぜんぶまちがえた」
それは告白だった。
どうやら、教える側も、またに人に教えると、それはそれで教えまちがうらしい。
「じゃあ、解散」
そう言って、老人は去っていった。
いったい、何を教えてくれようとしたのかは、教えてくれなかった。
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