これまでのすべて(3/3)

 大陸内の各組織から選出された代表者による、大会。

 昨日、その一回戦、二回戦が終わり、今日が準決勝と、決勝戦の日だった。

 試合前に、控え場の椅子へ腰を下ろしていると、カランカが眼鏡を反射させながらやって来た。

 まず、じっとおれの全体を見ている。

「傷、ふえてませんか」

 どう答えたものか、迷ってから「傷が増えるのは、生きてる証拠です」といった。

 彼女はすぐさま「それ、よくわかりません」と返してきた。拒絶にも近い。けれど、カランカは、さらに何かを聞いて来ることはなかった。察しがいい人だった。

「準決勝です、ヨルさん」

「そうですね」

 うなずき、控え場にもある組み合わせ表へ視線を向ける。いま、準決勝の最初の試合が行われている。今日はまだ、客席を目にしていないが、歓声を聞けば、どれだけ入り、熱狂しているのが嫌でもわかる。

「この大会、勝てば何かいいことでもあるんですか」と、彼女へ訊ねた。

 我ながら、かっこう悪い。大会を開催した者たちとの組織的な癒着があるのは誰だって想像できる。竜払い協会としても、それはあるだろう。

 わかっているのに、カランカへ聞いていた。

「優勝したらかっこいいです」そんなことを平然といって返す。「かっこいいったらありゃしないです」

 とたん、会場からひときわ大きな歓声があがった。振動もここまで伝わって来る。準決勝の最初試合が終わったらしい。

 まもなく興奮気味の係員へ呼ばれた。立ち上がり、竜払い用の剣をとった。

 試合は木剣を使う、竜払い用の剣は係員へ預ける必要があった。

「わたしに出来ることはありますか」

 カランカへ問われ「ありますよ」と答えた。「剣を、預かっておいてください、」

「まかせてください」

 彼女は剣を受け取る。重さで、少し足元がふらついた。けれど、すぐに立て直して真っすぐ立つ。

「誰にも奪わせません、守っています。この剣に誓って」

 そう言った彼女へあたまをさげ、試合用の木剣を手にして歩き出す。

通路を通って、試合舞台へ向かった。

 表へ出ると、ほとんど攻撃みたいな歓声に包まれた。

 名を呼ばれて、試合舞台へあがる。読書教会の青い制服に身を包んだハンドマンがいた、手には、長い棒を携えている。彼は無表情だった。

 試合で使える武器は木製のみだった。こっちは木で出来た剣と、向こうは棒だった。

 記憶が蘇る。ハンドマンは、まえにあの棒でひと突き、岩を砕いた。

 おれの頭では理解できない力学だった。あれが人体に与えられたとき、どうなるか、想像したくない。ハンドマンの方は、あの木の棒でも、抜き身とおなじだった。きっと、おなじくらいの脅威になる。

 あれこれと思考していると、ハンドマンが歩み寄って来た。握手できる距離まで来る。

 以前、会ったときは剃髪だった。いまは、灰色の髪を後ろに流して、かためている。会場の振動で揺れる髪を見ていると、なにかしらの罪の償いを終えた者ようにみえる。

「怒らせたみたいです」

 そう、ハンドマンがいった。それだけで、もう、わかるだろうという言い方だった。

 最悪にもわかった、あいつだ。ルーファスのことだろう。見ると、観客席の中央に、奴がいた。帽子をかぶっている、頭に包帯でもまいているのを隠しているんだろう。

 ハンドマンは続けた。

「有能な竜払いはただ竜を払うだけではなく、竜を狙った土地へ移動させることが出来る」

 なぜ、そんな話を、いま、ここで。

「あの男へ寝返った、そういう有能な竜払いがいるようだ」

 ハンドマンはそのまま棒を持っていない方の手を伸ばしてくる。観客からは握手を求めているように見えるはずだった。 

「ヨルさん、あなたが負けたら、すぐに、その竜払いを使って、狙って、ここへ竜を降ろすそうです。この会場に。まず、あなたが負ける姿がみたい人がいるようです。そして、下ろした竜を暴れさせ、会場の観客を巻き込みます、竜払いがいる場所で多大な犠牲者を出す。それにより竜払い協会は酷評される、大陸内への影響力を弱めたうえで、取り込むつもりです」

 表情は変えず、ハンドマンはそう告げて来た。

 ひどく雑な計画だった。ルーファスの焦りを感じる。

 だとしても、最悪なのは、彼が本当のことを言っているようにしか聞こえないことだった。

 そして、ハンドマンの纏っている青い制服が示している。読書教会も、向こう側に属している。破壊する側に。

 おれは「なぜ、その話を」と、聞いた。

「あの畑を手伝ってくれたのは、あなただけだった」

 ハンドマンはそういって、かすかに笑った。そこへ訊ねた。

「おれが勝ったらどうなります」

「あなたが勝つことは計画にない、あなたの勝ちは存在しないことになっています」断言をしてきた。「わたしは負けません、これに優勝すれば、わたしの罪がこの世界から消える」

「罪」

「ここで長話はできません、あとは想像してください。おおむね、その通りですよ、気分が悪くなるような想像の通りだ。深い嫌悪を抱くはずだ」

「ここに竜が降りれば多くの無関係なひとを巻き込むことになる」

「悪いと思っています、すべてに対して悪いと。ですが、わたしは生まれつき、それを感じられないです、こころのなかが空っぽで生まれてしまった」

 握手が不自然なほど、長くなりかけるのを避けたのか、ハンドマンは手を放す。それから彼は数歩ほど後ろ歩で後退していった。

「ハンドマン」彼の名を呼び、伝えた。「おれの剣は、竜を払うための剣だ」

 彼は、いい間合いをとって、足を止めた。

「でも、あなたに勝てば竜を払うまえに、竜を払うことになる。だから、この剣を振る」

 彼が苦笑した。

「いいえ、やはり、あなたの勝ちは決してありません。では、みなさんが待ってます、はじめましょう」

 ハンドマンがいって、微笑んだ。髪が、また風に揺れている、彼はおだやかでさえあった。今日は、かすり傷ひとつ負うつもりもないといわんばかりに。

 おれが息を吸って吐いたとき、試合開始の合図が鳴った。

 すると、ハンドマンは「話せてよかった」といった。それから、音もなく踏み込んで、間合いを詰めてくる。

 棒の先が喉へ迫る。おれはそれに剣先をそっと添え、かすかに触れると、身をよじって、回転し、ハンドマンの攻撃軌道をそらす、剣を振った。手を狙う。

 ハンドマンは棒を身に引き寄せ、それを防ぐ。けれど、もう一度、手を狙う。今度も防がれた。

 かまわず、間合いを詰めた。ハンドマンは身に引き寄せた棒を立てに持ち、下の方の先を、下から上へと振る。こちらの下あごへ向かって来る。左へ移動して避けると、ハンドマンは途中で、棒を振るのをやめた。次に片手で棒を持つと、薙ぐように周回へ振る。避けず、木剣で受ける。腕一本で振ったにもかかわらず、重い攻撃だった。

 けれど、大振りにはかわらない。木剣で棒を受けとめたまま、剣先を棒で滑らせながら、間合いを詰める。相手の眼に自分の姿が写ったのが見えた。木剣から左手を離し、ハンドマンの喉を狙って拳を放つ。彼は、右手を棒から離し、拳を受け止めた。片方の手で、木剣と棒で競り合い、片方の手は、拳を手の平で受け止める光景になる。

 直後、ハンドマンが棒から手を離す。それから、拳を向けたおれの手の手首を、殴り上げた。腕の骨が砕けたかと思った。さらに、ハンドマンはもう一度殴りつけてくる。

 おれは歯を食いしばって木剣の先を逆さまにして、ハンドマンの足の甲へ落とす。けれど、さがって、かわされる、その際に、掴まれた拳は解放された。ハンドマンは瞬時のうちに、棒も回収している。

 彼が後退し、大きく間合いをとる。

 こっちはその場に立っていた。左手は力が入らない。

 いいや、だいじょうぶだ、力は入るはずだ。念じて、左手を木剣に添える。

両手で木剣を構える。

 目を変えよう。竜と戦っているときにように、目を変えるんだ。

 あいてを、竜としよう。

 頭の中で、唱えて、ハンドマンに迫る。

それから一切の呼吸を放棄した。

 待ち構えていた彼が、鋭い棒先が迫ってくる。

 かわして、かわす。

 それから、彼の手首を切った。次に、膝を切った。

 彼が片膝をつく、そして、喉を薙いで切った。

 そこで、急激に身体から力が抜ける。全身の酸素が切れた感じだった。決して使ってはならない感情を使ってしまった気分だった。

 ハンドマンは、すぐそばで片膝をつき、片手で棒を頼りし、もう片方の手で喉を抑えていた。

 唖然としているようだった。自身にいま起こったことが、理解できていないような表情をしている。

 そして、おれを見ていた。

 気が付くと、左手が剣から離れている。紫になっていて、力が完全に入らず、わずかに痙攣していた。荷物を持ったように、手が重い。

 そのまま時間が過ぎていった。

 その時、空に気配を感じた。客席が大きく騒ぎ出した。

 会場の空に、竜が飛んでいた。かなり大きい。広げた翼の影が、人々の上を通ってゆく。

 竜の向こうには、ひどく青い空があった。

 焦ったか、けっきょく、試合の結果は関係なくやっていたか。しかも、よりにもよって、あれだけ大きく、不味そうなのを。

 意識が竜へ。

 そこをハンドマンが棒でおれの胸を突いた。見返すと、彼もこっちをみていた。

 そのひとつきは、ひどく弱くこちらの生命をおびやかすこともなかった。

 おれは棒を手でどけて、試合舞台から降りた。カランカが剣を抱えて駆け寄って来てた。

 彼女は「払って」と言った。

「はい」

 答え、剣を受け取って背負い、試合舞台へ戻る。町なかに着地される前に、竜を呼び寄せる笛を口にして吹いた。

 竜は笛に音に引き寄せられ、試合舞台へ、大きな翼を使い、強い風を起こし、舞い降りてくる。この場所の如何なるものより見上げるほど大きい。

ハンドマンも試合舞台上にいた。

 彼は茫然とした表情で「これと戦って来たの」といった。

 竜は彼だって見たことがあるはずだった。けれど、これだけの大きさの竜を、ここまで近くで見ることはなかったらしい。この大きさの竜の呼吸や、鼓動が聞こえる距離は彼のこれまでには、なかったのだろう。

 そして、これまで彼がそれを言葉にする。

「不可能だ」

 そういった。

「だから竜払いがいる」

 そう告げて、おれは剣から鞘を抜いた。

 さあ、今日もこの青い空へ、竜を還そう。

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