じめんにへび

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 滞在している町の北端に、なにかの工房めいた建物があった。

 昼間、その先を通りかかる。

「ぼくは断る!」と、その建物の前で叫ぶ男がいた。

 きっと、十七、八歳くらいだった。額に細い布をまき、眉毛がほとんどない外貌をしていた。

 彼の前には、彼そっくりな男が立っている。叫んでいる彼に対し、二十数年ほど加算し、全体的な艶をはんぶん消けせば、そうなりそうな外貌に中年男性だった。

 彼はさらに叫ぶ。「こんな仕事は継ぎたくないんだっ! おやじ!」

 声を張り上げる。

 どうやら、彼の父親らしい。

「無駄………さ」その父親は息子へ返す。独特の間合いのしゃべり方だった。「お前は………この仕事を継ぐ………そうなっている……無駄さ………無駄無駄無駄………無駄無駄無駄………」

 なにか、無駄無駄連呼しているな、あの父さん。

 とにかく、親子でもめている。で、つい見てしまう。けれど、あまり見ているのも失礼である。

 おれは、その場をするりと通り過ぎることにした。ああ、あそこに猫がいるなぁ、という感じで、なるべくあさっての方向へ目を向けながら。

 不自然にならないような速度で、少しずつふたりから離れる。

「無駄無駄無駄………」

 お父さん、まだ無駄無駄いっているな。

 それで、ふたたび、おれはそちらに気をとられる。そのため、察知するのが遅れた。足を踏み下ろそうとした先の地面へ蛇がいた。驚き、慌て、けれどすぐ気づいた。

 玩具の蛇だった。つくるものである。

「あっ、すいません!」

 すると、工房の前で叫んでいた息子が謝罪しながら近づいて来た。そして、玩具の蛇を拾いあげる。

 蛇は削った木材をうまいこと繋ぎ合わせ、上から柄の色付けをされたものだった。部位をわけ組み合わせているので、玩具の蛇は彼の手の中で、くねくねと動いてい射た。

「これ、うち作ってるんです」と、彼はいった。それから、表情を暗くしていった。「いや、うちはこれしかつくっていないんです………」

 そうなのか。玩具の蛇をつくっているのか、この工房は。

 つまり、玩具の蛇工房か。

「うちは―――代々、この玩具の蛇を――――」

 ん、なんか語りが始まった。

 こちらが要求していない物語を始まったぞ。いっぽう、彼の父を見ると、まだ「無駄無駄無駄………」と、言っている。もう、目の前に、息子はいないのに言っている。

 もはや、その発声自体が無駄じたいが。

 まあいい。深追いはすまい。

「―――というわけで、ぼくたいは代々、この土地で玩具の蛇を作り続けて来ました」

 しまった、父さんの無駄無駄発言を気にしたあまり、この地で玩具の蛇を作り続ける一族の理由を聞き逃した。

「代々、みんな、嫌々、この土地で蛇を作って来たんです、にょろにょろ、にょろにょろ………毎日毎日、にょろにょろ、にょろにょろ、先祖のひとりも漏れず、嫌々に」

 話された方が困る部分の情報だけを聞くはめになる。

「でもね、あなたのおかげで、ぼくも父さんの仕事を継ぐ決心ができました」

 いや、この秒しか経ってない間に、君に心に何があった。

 総合すると、おれはいま、なんだか怖い。

「というわけで、いま、この蛇をお買いあげいただくとー」で、急に彼のしゃべり方も変わった。「わたしたち玩具の蛇職人の歴史のすべてが表面に文字で彫られた、この特製の玩具の蛇も一匹さしあげます」

 急に蛇を売りつけて来たぞ。

 見ると彼が差し出した玩具の蛇の表面に、なにか文章が彫ってある。蛇みたいに、にょろにょろと、動く細工もこまかい。

 というか、なんだ、この手売り方法は。

 けれど、それを読めば、聞き逃したこともわかるのだろうか。そして、彼の父親の方を見ると「無駄無駄無駄…………」と、ずっとにょろにょろ言っている。

 で、おれは答えた。

「不要」

 おれは微塵の細工もない言葉で、にょろにょろせず、真っ向から拒否した。

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