ひとのにもつ
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
他人の荷物を背負って、歩いている。無料で背負っている。
ひどくおもい。
背負っているのは木製の背負子だった。中身はわからないけど、まるで石でも詰まっているだけではないか、そういう、疑いを持ちたくなる種類の重さだった。
いっぽう、おれの全面的善意依存で荷物運びを頼んで来た彼女、サンジュの方は手提げひとつを運んでいる。
かるい足取りである。荷物もかるそうだし、昼さがりの、気ままな散歩感がある。
余裕か、口に葉っぱをくわえてさえいる。
広大な緑の草原を行く。ささやかな風に、栗色の蓬髪と口にくわえた葉っぱをゆらし、おれの先を歩いた。
こちらの足取りはすこぶる悪い。背負子は重いし。いつもおれが背中に背負っている剣はいま、腰へさげていた。
この移動のサンジュが重い方の荷物を背負っていた。すべて、彼女の私物である。けれど、彼女は出発早々に、地面でこけた。ゆったりとした転倒だった。怪我をしないように気をつけるような。
そのときに光景を思い出しつつ、おれは「足、くじいたんだよな」と、確認した。
サンジョは「足が折れている気がする」と答えた。「足の骨がこなごな気配がある」
そうは見えないので「折れているのに、歩いてるけど」と、そう追求した。
「目に見えているものが、この世界のすべてではない」
と、サンジュは口にくわえた葉っぱをゆらしながら、そう、こちらの問いかけを跳ね返して来た。
おれは少し間をあけてから「力技だな」と、感想を述べておいた。
にしても、こうして重い荷物を背負っているので、なにか緊急事態の際は、おれの動きは遅くなるな。
あるは。
いや。
まあ、なんとかなるか。
と、思いつつ、そのまま昼間の草原を歩く。天気はよかった。進むのは草ばかり、みどり色ばかりの光景で、変わり映えはない。道も道標もないので、特別な磁石を頼りに進んでいる。
竜はときどき目撃した。けれど、危険な状況はなかった。だいたい、竜はこちらから攻撃しなければ、向こうから攻撃して来ることはまずない。
そろそろ、サンジョがゆだんしている頃かと思い、おれは「どっちの足がこなごななんだ」と、尋ねた。
「両足」サンジョは迷わず言う。唇にそえた葉っぱをゆらし。そして、続けた。「仲間もこなごなだし」
仲間も。
こなごな。
不意をつく発言だった。
「わたし、小さいころ、旅芸人の一座にいた。親は人生初期からいなかった」するするとしゃべる。「どうぶつのかっこうして、とんぼ返りとか、こまとかまわす芸とかしてた。八年前、一座のみんなでこのあたりを芸をしながら回ってたとき、竜のあれがあって、ぼん、と、一座はまるまるなくなった。で、わたしは、ここに残された。それで、いまにいたる。まさに、このげんざい、ここにいる」
そう話し、あとは遠くを見るでもなく、話す前と微塵も変わらない様子だった。
「一座のみんなはどこか避難した、との情報もきいたことがある。ここら辺で待ってれば、いつか、みんな戻ってくるかも。みんなの荷物もあずかったままだし。髪型も、変えずにいたりして」
もしかして、おれが背負っているこれが。
ただ、彼女の発言の対して、そこに希望という感じはなかった。すでに、もう何度も彼女の頭の中で思い、あまりに繰り返し思いすぎて、もはや、色も熱もなくなっていることのように聞こえた。
おれは時間が経ってから「そうか」と返す。
せめて、話は聞いている、と示すためだった。
そして、彼女はそのまま歩き続ける。ここには、立ち止まるべきものはない。
「うがっ!」
とたん、サンジョは濁音まじりの短い悲鳴をあげ、その場にうずくまった。
まさか足の怪我は真実だったのか。あわてて近づくと、青い顔をしている。
サンジョはつらそうな表情で言った。
「口にくわえていた謎の草が、にがい」
「そうか」
「にがくとも、生きねば」
そう言い放ち、立ち上がる。
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