しゅっぱつこうげき
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
栗色の長い蓬髪を生き物のように左右に振りながら近づいて来る。
片袖のない真っ赤な筒状の服を着て、腰には、さまざまな道具を吊り下げている。そして、歩いてくるとき、それも多少、左右に振られた。
彼女はおれへ告げる。
「わたし、この町を出る」
サンジュは顔なじみに女性である。白目の部分が多く、眸は小さい。
背はおれと同じくらいだった。
そして、友人ではない。
もう一度、言う、友人ではない。
彼女はおおよそ、二十歳くらいで、おれと同じ竜を追い払う、竜払いだった。おれはサンジュが竜を払うのも見た。おれのように剣を使って竜は払わず、得体の知れない仕掛けつきの縄で竜を追い払っていた。
で、そんなサンジュは昼間、おれが町の食堂で、がまんして珈琲を飲んでいるところへやってきた。
そして、前触れもなく、宣言をぶつけてきた、この町を出る、と。
おれはわけを聞かず「そうか」と、回答した。
「ヨル」と、呼ばれた。
なんとなく、こちらも「サンジュ」と呼び返してみる。
お互い、さん付けなどしない。
お互い、敬意がない証だった。
「ヨルは、あっちの町から、毎日この町に通ってるのを知っている」サンジュはそういって続けた。「見張っていたからわかっている、ばれている」
おれは「ここの珈琲を飲みに通っている」と返して認めた。
「珈琲は嫌いなくせに」断定して「わたしには、それもまたわかる」と、断定を重ねてくる。
おれはその発言は流して「それで、なにか」と、いった。
「今日、ヨルがあっちの町に帰るついでに、わたしをあっちの町まで連れてって」と、頼んで来た。「わたし、この町にいると、ちょっとした刺客に狙われっぱなしだ。あっちの町まで逃亡をはかる」
ちょっとした刺客から、逃亡。
そういえば、さいきん、サンジュは、とある事情で、とある方面から狙われている。刺客を送り込まれていた。実際、おれは彼女が刺客に対処している場面にも遭遇した。そのときは、彼女は彼女なりのやり方で刺客を払いのけていた。
そうか、あの刺客の件はまだ続いているのか。
かかわりたく、ないなあ。
そして、珈琲は苦い。
それはそうと、この大陸では町から町への移動は危険な竜が多数生息する、竜の草原を渡る必要がある。おれは毎日、その草原を歩いてこの町へやって来ていた。ただ草原には、たしかに竜はいるけど、じつはそこまで危険ではない。おれのように荷物もなく、身軽な状態で渡るなら、まだ竜が現れても回避しやすい、竜はこちらから手を出さなければ、向こうからも攻撃されないし。
けれど、かりに荷物を積んだ馬車などを引いて渡るとなると、馬が竜に怯え、たちまち混乱状態に陥り、暴れ馬となる可能性はある。ゆえに、馬などで町から町へ大量の物資を運ぶとなると、それなりの体制を組む必要はあるし、そうなると、かんたんにはあの草原は渡れない。
おれと同じサンジュは竜払いだった。だから、たとえ、竜が現れても彼女なら対処は可能だろうに。それでも、おれと一緒に竜の草原を渡って欲しいという。
なにか、理由でもあるのだろうか。
「引っ越しの荷物が多くて、ひとりだと運べない、重いから、はんぶん運んでほしい」
ああ、そういう理由か。
なるほど。けっきょく、今日もおれは、ここの珈琲をがんばって飲み終えたら、ふたたび竜の草原を越えて、滞在している家まで戻ることになる。
ならばついでか。
「まあ、かるい頼みだ」
と、サンジュはいった。
かるい頼み、か。
そうか。
やがて、珈琲を飲み終え、彼女と店の表に出る。そこには、手提げくらいの小さな荷物と、謎のがらくた満載の大きな荷物があった。
「荷物はふたつある。ヨルは大きい方を持って」
おもい頼みだった。
はんぶんでもないし。
そして、おれは迷わず小さな荷物を持って、サンジュへ告げた。
「出発」
嘘つきへ、出発こうげきである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます