ぞうげんの

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 現時点で、おれの首には懸賞金がかかっているらしい。

 残念なことに、心当たりがいくつかある。

 けれど、また残念ながら、どの心当たりが起因なのか、心当たりがつかない。ゆえに、何に、どう狙われているのか、的がしぼれずにいる。そんな、ここ数週間を過ごしている。

 この町で、過ごしている。

 二十四歳、旅暮らし、住所不定。竜払い、男性。それがおれである。名前は、ヨル。

 で、この町は寒い。どこもかしこも凍てついている。道もそうだし、建物の壁も冷たい。露店で買った麺麭は買った時点で凍ってやがるときがある。はじめ、おや、かたい麺麭なのか、と思っていたけど、ちがった。寒さにやられた麵麭だった。

 そして、数奇なことに、おれはこの港町から出られずにいた。出ようとすると、なにかしら起こって出られない。たとえば、隣町へ行ったとしても、その後は、ふんわりと、この町へ戻る流れになる。

 絶対に仕組まれているにちがいない。疑心は、日々、ぐんぐんと育つばかりだった。

 その影響で、おれはいま、こうしてこの町のとある広場にたたずんでいた。

 広場には寒いながらも、弦楽器を演奏している芸人もいる。立ち止まる人はほとんどいない。けれど、通り過ぎ様に、お金を入れる人は多い。この町の人々は音楽を無視しているわけではない、ただ、寒いから立ち止まれないらしい。

 おれの方は、たたずみを継続させていた。

 寒いけど、ここに、たたずむべき理由がある。

 不意に殺気を感じた。見ると、行き交う人々の合間を抜け、こちらへ向かって来る女性がいる。見覚えがあった。銀髪に、寝ぐせのなのか、猫の耳のようなふたつの山が立っている、女性。いや、まだ少女というべき年齢だろう。

 名前は、たしか、ミミサだった。

 彼女は、少し前からおれを狙っていた。げんにいまも、こちらへ向かって来るその手には、刃をむき出しにした短剣を握っている。

 やる気だった。

 こちらも構える必要があった。

 いっぽうで、しめたものだった。

 計画通りだった。こうして、あえて目立つ場所にいれば、いずれ賞金稼ぎの誰かが近づいて来るかもしてない。その狙いに来た賞金稼ぎから、おれが狙われている理由を聞き出す。そんな荒々しい、作戦を目論だ。なにせ、相手はおれを仕留めに来たんだし、多少、手荒なことをしても、それは相殺である、として。

 ミミサは刃物を手に近づいて来る。すると、途中で、通りかかった中年の女性に「あらま、お嬢ちゃん、そんな、刃物をそんなふうにもちゃだめーよ! あぶないからしまいなさい! もう!」と、怒られた。

 ミミサはうつむき、刃物をしまう。そして、あきらかに気を落とし様子で、おれの方まで来た。

 で、おれの目の前に立つ。

 で、黙って見上げてくる。

 で、なにもしゃべらない。

 刃物をしまえと怒られ、ひどく落ち込んでいるせいか、ふたたび武器を取り出す気配がない。

 そうなると、こちらは、向こうから攻撃されたので、反撃し、その勢いで荒々しく相手から情報を聞き出そうという作戦は極めて達成困難だった。

 なにより、いまの彼女には、おれを仕留めようとする殺気がない。さっき、怒られたことの傷が大きすぎて、心が立て直せない様子だった。

 どうしよう。

 まあ、こうなったら、とりえあえず、素直の聞いてみよう。

 そう決めて、おれはミミサへ訊ねた。

「あの、ちょっといいですか」

 声をかけると、彼女は無表情のまま猫の耳みたいになった髪の毛の先を、かすかにゆらした。

「おれって、誰に、なぜ、狙われているのか知ってますか」

 まっすぐに訊ねた。彼女はしばらく、無反応だった。じっとこちらを見上げた後で、鞄から紙と筆を取り出す。

 そういえば、彼女は、声に出してしゃべるのが苦手らしく、紙に文字を書いて、相手に伝えるやり方だった。

 しかも、箇条書きで、三つと決まった書き方らしい。

 やがて、彼女は書いた紙をおれへ渡した。

 一、貴様が誰に狙われているかを知りたいのか。

 二、教えてやってもいい。

 三、金しだいだ。

「お金、払えばおしえてくれるんですか」

 そう訊ねると、ミミサはうなずいた。

 そして、また筆をとる。紙に書いて、おれに渡す。

 一、そう、金しだいさ。

 二、ふふ。

 三、ふふふ。

 笑いも、書面なのか。

 そうか。

「そうえいば、さっき、怒られませんでしたか」

 なにげなくそういった。とたん、彼女の表情に影が落ちた。その後、あらたな書面をこちらへ提出する

 一、おねがいだ。

 二、さっきの、みんなには言いふらさないで。

 で、終わっている。

 箇条書きが、ふたつだ。

 もしかして、落ち込むと、箇条書きの数が減るのか。

「わかりました、誰にもいいません。約束します、この剣にかけて」

 そう伝えると、彼女は顔をあげた。顔がすごく明るい。

 それから、はりきって紙へ筆を走らせ、箇条書きをしておれへ手渡す。

 一、えへへ、おまえ、いいやつだな。

 二、首とか、ねらってごめんな。

 三、でもさ、こっちも生活があるんだ。

 四、このあたりで、おまえの手配書が出回っているんだ、わたしはそれを見ただけ。

 と、そう書かていた。

 まさか。

 それを読み、おれは気づいた。

 彼女、機嫌がいいと箇条書きの数が増える仕組みか。

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