いちばんのお

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。


 

 旅先で立ち寄った依頼を受けて、竜を追い払いに向かう。

 朝と昼の間の時間帯だった。

 町の近くに通る道に現れた竜を払って欲しいという。依頼者は、その町で一番お金もちそうな三十代の女性だった。かなり大きな屋敷である。庭園も立派で、その立派な庭園には、立派な犬がいた。その立派な犬が、じっと、おれを見ていたので、つい、頭をさげてしまった。

 きけば、このあたりの土地では、町の近くに竜が現れた場合は、町で一番のお金持ちの人が、みんなのために自前で竜払いを雇い、竜を払う習慣があるらしい。

 ある種の福祉の提供といえる。

 依頼人の屋敷を後にし、現場に向かう。

 で、竜を払った。

 中型猫のぐらいの大きさ竜が、空へ飛んで行くのを見届ける。

 依頼元へ依頼完了の報告も終えた頃には、昼食に近い時間だった。そこで、屋敷を出る際、玄関まで見送ってくれた使用人の中年男性に「このあたりで有名な料理はなんですか」と、聞いてみた。「ここあたりまで来たら、食べておくべき料理とか」

「はい? あー、そうですね、町で一番の食堂があります、そこの麺料理はかなり美味いです」

 と、ほがらかに答えてくれたうえで、その食堂の場所も教えてくれた。

「昼からやってる食堂なんですが………ああ、そうですね、いまからだと、もう店の前に行列ができているかもしれませんね、あの店の麺を食べに」

「そんなに、人気なんですね」

「そうですね、人気ですね、そんなに」

「人気、麺、なんですね」

「麺、人気です」使用人の男性は答えてから、さらに続けた。「あの店の麺料理には、猛烈に熱心な客が、たくさんいますから」

 情報を得て、おれは町の中にあるというその食堂へ向かう。すぐに看板をみつけた。そして、店はまだ開店時間前らしい。

 情報通り、開店前にもかかわらず、店先にすでに行列が出来ている。

 五人いた。五人とも男性で、格好は様々だった。上質な背広姿から、無節操な服装の人まで。そして、みな、異様なほど気難しそうな表情で、腕組みをし、列に並んでいる

 この人たちが、熱心な客か。

 なるほど。

 熱心過ぎて、殺気さえ感じるな。

 と、思いつつ、おれも行列の後ろへ並んだ。なぜだろう、一瞬、彼らは、びり、っとした。

 なぜ、同列に並んだおれへ、無言の圧力を。

 すると、一番、先頭に並んでいた男性が「この店の麺料理はな」と言った。「一番、そう、開店と同時の一番に、食わなきゃ、意味がねえ」

 おれは空の方を見ていた。

 青いな。

「一番にぃ並びぃ! 一晩煮込んだ麺の汁! その鍋の一番上積みの汁をかけて麺を食うぅ!」

 とたん、その一番に並んでいる男性が叫んだ。

「まあ、そういうこったよ、そこの、にいちゃん」

 あ、おれに話しかけていたのか。

 迷惑だ。

 直後、二番目に並んでいた男性が「その通りよ!」といった。「この店の麺は、開店後、一番! 一番に! 食わなきゃー、だめさ」

 いって、かなしげな目を浮かべ、顔を左右に振る。

 どうしてそんな、かなしい目を。体調不良だろうか。

 けれど、あなたは、いまこの列の二番目にいるのでは。

 と、心の中で指摘していると、今度は三番目に並んでいた男性が「そう、一番で食わなきゃな」といった。

 さらには四番目の男性も「一番で食わなきゃ、本物じゃねえ」と言った。

 流れるように五番目の男性も「一番で食わない奴は、偽物さ」といった。

 一番目に並んでいる人以外も、一番に食べなきゃ意味がない、というような発言をしている。

 なんだろう。

 よし、大胆に、無視しよう。疑問など、全面放棄だ、放棄。

「はーい、おまたせー」すると、店の戸があいた。店主らしき男性が「開店しまーす」と、こちらへ通達した。

 そして、一番目の男性が店の中へ入る。

 そして、後続者たちが。

 続かない。

 二番目から五番目までの人たちが、微塵も動かない。

 なぜだ。

 あ、まさか。

 ある仮説を考え、おれは列の男たちへ訊ねた。

「もしかして、この店の中って、一人分の座席しかないんですか」

「そんな非常識な店がぁこの世にあってたまるか!」とたん、五番目の男性に怒鳴った。「中は広々、五十席あるわあああああ!」

 どうした、心が不安定なのだろうか。腕を骨折したって、そこまで大きな声は出すまい。

 とりあえず、おれは慌てず、問いかけた。

「なら、なぜ、みなさんは店へ入らないですか」

 問いかけると、二番目の男性がいった。

「俺は、明日の一番目のために並んでいる!」

 続いて、三番目の男性が「そう、そして、ぼくはぁぁぁ明後日のぉおお―――!」と、叫び出したので。

 おれは、彼らを無視して、店の中へ入った。

 そういう奇妙な精神世界につきあって、一番の被害者になるつもりは、もうとうない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る