まちがい

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 日も暮れたので、滞在していた簡素な宿へ戻ると、戸の隙間に何かが挟まっていた。紙だった。

 そして、紙にはこう書かれている。

『今夜、貴方のお部屋に大切な宝石を頂に参ります、ヨド婦人へ』

 心当たりの無さが、尋常じゃない。

 けれど、少し考えてから、思った。予告状なのか。もしかして、何かを今夜盗みに来るという予告。

 文面へ視線を落としつつ、戸をあけて部屋に入る。観光用の宿ではないため、部屋には寝台と小さな机があるだけだった。窓も換気用なのか小さい。

 その小さな窓から外を見る。この宿の隣には、五階建ての立派な宿が建っている。窓という窓からは、金色の明かりが漏れていた。宿泊費は、おそらく料金もここの数倍はかかりそうだった。

 寝台に腰かけ、文面を眺めながら、もう一度、よく考えた。

 きっと、窃盗犯は予告状を届ける部屋を間違えている。おれの名は、ヨルだし、予告状に書かれた名前のヨドでもないし、婦人でもない。

 そういえば隣の宿と、この宿の名前もやや似ていた。名前が似ている理由は、この宿は、隣の宿と間違えて客が予約するように、似せていった可能性もある。

「まちがい」と、つぶやいた。それから「そうか」ともいった。

 それで、どうなる。もし、隣の立派な宿に、ヨド婦人が今夜滞在しているとして、ほんとはこの予告状は、そのご婦人の部屋へ届けられるはずだったとして、いま、おれの手元にある。

 この予告状が、まちがって届いていました、と、くだんのご婦人に届けに行く。そんなことをすれば、たちまち、おかしな誤解を生産しかけない。

 だからといって届けないと、今夜、ご婦人の部屋に泥棒が入って宝石を盗まれるのではないか。

 いや、もしかすると、泥棒は、そのまま部屋をかんちがいして、この部屋に入ってくる可能性はないか。

 そこまで考えて、部屋を見る。かんそな内装である。やはり、泥棒がこの宿に来ることは考えにくい。

 となると、やはり、泥棒は向こうの宿のご婦人の部屋へ今夜入るのか。

 どうするか、しかるべき公的な治安維持部門に連絡して、行く末をゆだねるべきか。

 そもそも、予告状を出すくらいだし、出した人間は、いわゆる怪盗、そういわれる人種とかなのか。それはそうと、予告状に、盗みに入る者の名前は書いておかなくていいのか。

 いや、そもそも、これは盗みの予告状なのか。

 文面を読み直す。

『今夜、貴方の大切な宝石を頂に参ります、ヨド婦人へ』

 たりない。あきらかに、予告状としては情報不足だし、読み手に、この一文が何かをわかってもらおうという気持ちが入ってない文章だった。予告状たり得ていないくせに、予告状ではないとも切り捨てられない。

 もしかして、予告状じゃないのか。思い込みか。ヨド婦人の個人的な宝石の取引の伝言かなにかにも思えてくる。放っておいていいのか。

 けれど、もし、ほんとの予告状だったとしたら。

 やっかいだった。

 しかたなく、とりあえず隣の宿に行ってみよう。ほぼ、見知らぬご婦人のためではなく、自身の心の安定のために。

 部屋を出て、隣の宿へ行ってみることにした。戸をあけ、部屋を出る。

 すると、丁度、隣の部屋の戸があいた。見ると、この安宿にはふさわしくない、黒地ながら華やかな装い、いかにもご婦人、というな女性が出てきた。

 ヨド婦人っぽい。

 未確認だが、かなり、ヨド婦人っぽい。

 彼女は、こちらを一瞥すると、かるく会釈をして、廊下をしずしずと歩いてゆく。

 立ち止まってしまった。隣の部屋にヨド婦人っぽい人が泊まっている。もしかして、隣の部屋とまちがえて届けた予告状なのか、それとも、やはり隣の宿とまちがえたのか。いや、予告状でもないのか。

 立ち尽くす。

 その時、背後から人が近づいてくる気配があった。ふりかえると黒装束に白い仮面をつけた人間が手を降りながら駆け寄ってくる。おそらく、男性だった。

 彼は「ああー、すいませーん」と話しかけてきた。「いやー、まちがえて、貴方の部屋に伝言を挿してしまって」と、仮面越しでもわかる、へらへらと笑いながら近づいてきた。

「まちがい」

「ええ、まちがいましたぁ」

 また、へらへら笑いながら言われた。

 深呼吸の後、彼を見る。それから告げた。

「これから、おれがまちがえるよ。きっと手加減、など」

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