51~

かけるしかない

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 竜を払った瞬間、塔が崩れはじめた。

 主を失ってかなり久しい古い城だった。大きな竜を払ってた直後に、それに見舞われる。

 標的に竜に対し、決め手の一撃をあたえた。そして竜が、逃げるために空へ飛び立つ。

 きっと意図的ではない。その時、その竜が最後に乱暴にしっぽが古い塔の腹に激突した。かつての見張り用の塔は、古く、脆くなっているうえ、高さもあってみるからに不安定になっていて、人の手も長らく入らず、あちこちがぐらついている状態だった。

 去り際の竜のしっぽによる一撃で、塔の中腹はえぐれた。塔は均衡を失って倒れてゆく。

 塔の頂上で竜を払って直後に、足場が傾く、はじめは何が起こったのかわからなかった。またたくまに地面も消えてゆく。剣を背中の鞘へしまう間もなかった。すぐに身体は完全に斜めになった地面をすべりはじめる。そして、轟音を立てて、塔が倒れはじめ、塔は南側の城郭を叩くように倒れた。

 けてど、運よく城郭内の空間へ身体が転がる。そこは城郭の二階部分の大広間だった。けれど、塔が倒れた衝撃で、がたの来ていた城郭も、ぎわぎわと音を立てて、崩れはじめた。すぐにあちこちの天井が抜け、粉塵が舞う。法則もなくあちこちの壁も崩れる。地面は地震のように揺れ、塔が倒れた衝撃で一度は空へ飛んだ瓦礫が、雨のように降って来た。

 なにも待ってくれず、二階に床も抜けはじめ、壁が内側や外側へ溶けるよう壊れてゆく。

 秒として、その場に残っている猶予はない。本能が察し、走り出しながら剣をしまう。倒れてくる柱を避け、外へ出る場所を探したが、どこもふさがれていた。振動と圧で、装飾がほどこされた硝子窓が次々に割れ、欠片となり、粉塵にまじってふってくる。視界は最悪だった。瓦礫も次々に降って来る。避けることは不可能だった。

 それでもかすかな空気の揺らぎをとらえ、下へ階段をみつける。天井はもうはんぶん以上崩れて、太陽の光を感じた。

 階段から下へ、と、階段へ向かう途中、踏みしめた地面が崩れて、そのまま下へ落ちた。二階から一階へ。ところが、一階の床もすでに抜けていて、そのまま地下へ落ちる。

 寸前、飛んで、一階の大広間へ飛び移る。城のなかにいるのに、すでに、城全体がひどくゆがんでいるのがわかった。明かりは乏しく、粉塵はより濃く、口をあけて吸い込めば、たちまち、呼吸は困難になりそうだった。手で顔を覆い、出口を探す。一回の大広間もすでに、瓦礫に埋もれ、外へ出られる場所はなさそうだった。その間にも、装飾された硝子窓が小爆発を受けたように、はじけて割れてゆく。

 瓦礫が次々に降って来た。頭部への直撃はさけたが、肩はその他の部分までふせぐことはできなかった。無数にくらいつつ、通路をみつけ進み、配膳室に出ると、小広間に出て、城のゆがみで、壊れかけた木の扉をみつけた。体当たりする。崩れでもろくなっていた扉が外側にはじけて壊れた。

 中庭へ逃れ、とたん、襲われる陽の光に目を細める。けれど、外もひどい粉塵で、背後で、混じって崩れる城と塔から、絶え間なく瓦礫が落ちてくる。その場を離れるため、城壁へ向かって駆けたが、崩れる衝撃で、城内が激しく振動していたせいか、向かった先の大門も崩れ始め、たどり着くまえに、門も瓦礫にふさがれていた。しかも、城壁からも、次々に、瓦礫がこぼれてくる。そのひとつでも頭部に当たれば、致命傷だった。

 大門は無理だった。身体の方向を変え、中庭をつっきる。塔を横切ると、巨大な何かに食いちぎられたような状態になっていた。

 粉塵を口から吸いこんだらおしまいだった。むせて、動けなくなる。呼吸をごくわずかにとどめながら進む。城と塔の崩壊に連動して、敷地を囲む城壁も中へ外へと崩れ行く。挟み込んでくるような崩壊の真ん中を走り続けた。破片は上からだけではなく、真横から飛んで来る。何度かそれを受けたが、痛みにかまっている暇はなかった。

 そのとき、壊れた内壁をみつけた。外塁がみえ、方向を変え、全力で向かった。

 崩れ行くすべてを後ろにしながら、壊れた内壁から外塁へ出る。

 そのまま走って城から離れ続ける。やがて、ひときわ大きな音がした。

 足を止め、振り返り見ると、まるで城が蹴り飛ばされた積み木みたいに崩れていた。

 身体は粉塵まみれだった。きっと、至る箇所にあざも出来ている。

 そして、そこまで来て、ようやく、大きく酸素を吸う。咽るかと思ったが、咽なかった。

 空へ目を向けると、たったいま払った竜が飛んで彼方へ行く姿がある。

 そのまま、竜が飛んで行く姿をながめながら、後ろに下がったとき、小さな地面のくぼみに、足をとられ、こけた。

 

 

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