でもどるでもどる
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
少し前に立ち寄った町へ戻った、いい珈琲豆を育ている町である。それを出荷している。
この町に戻った理由は、少し物思うことがあってのことだった。で、とりあえず、この町へ戻ったという感じである。
そして、以前、この町に立ち寄った際、とある女性と出会った。名はサンジュ。きっと、二十歳くらいだった。
彼女は栗色の長い蓬髪を背中でゆらめかせ、肩袖のない真っ赤な筒状の人繋ぎの服を着ていた。腰に金槌など、他にも、さまざまな道具をぶらさげている。
おれと同じ竜払いだった。ただし、竜を払う方法は、こちらとはまったく違う。
で、おれが町へ戻ると、またたく間に、彼女に発見された。
しかたがない、そんなに隠れる場所もなく、そもそも人も少ない町である。
おれを見つけると、彼女はこちらへ歩み寄って来た。
「なんと、戻って来たのかい、この町へ」といって続けた。「あなたにとって、いい思い出もないだろう、この町へ」
うん、その、いい思い出もない町、となった理由を、生産したのは彼女自身である、サンジュ本人である。
彼女こそが、いい思い出じゃない、思い出の出荷元だった。
けれど、灰色の過去に固執せず、おれはあいさつをした。
「こんにちは、サンジュ」
「やーあぁ、ヨル」と、彼女はやる気なくあいさつを返す。「あー、まちがえた、ヨルじゃなかったね、ヨブだよね、名前」
「いや、ヨルであってます」
正解を不正解だと思いつつ、訊ねてきた彼女へ、おれはそう答えた。
「なんで」
すると、そう返された。
なんで。
なんで、と言われても。いや。
どう返すべきか考えたすえ、このやり取りについては継続を手早く断念し、別の話題にすることにした。
「あの、サンジュ」
「あ」と言い、彼女は栗色の長い髪の先を自分の口元へ寄せて「ーーらみてみて、きちょーな、わたしの、ひげづら」それを披露してくる。
どうやら会話は難しいようだった。そこで「貫禄が出て、なにより」と、言葉をよせておいた。
「うれしくはない」
と、短く、はっきりとした感想を述べてくる。
おれは「それでも、喜べ」と、強引におしつけた。
「で、ヨルは戻って来たんだね、この町へ」けれど、サンジュは対応しない。もとの話へ戻す。「なんで、戻ったの」
なんでこの町に戻ったのか。その理由は、複雑怪奇であり、かんたんには説明できない。
まとめると、話すのはめんどうな作業になる。
ゆえに、ここは、情報を濁そう。
そう画策していると。
「ほらみて、ひげづらのわたし」サンジュはふたたび、長い自身の髪の毛を口もとへあてた。「もはや、きちょーではない、ひげづらのわたし」
こいつは強敵だぜ。
あるいは、完全に無視していい気もする。
けれど、おれの中の人としての礼儀心が機能した。
「ひげが好きなのか」
「ひげが好きな、奴なんて、この世界にひとりもいないよ」
「いるだろ」
「うん、いる」
すぐに肯定した。
「暇なのか」
「忙しい」
「そうは見えない」
「忙しくみせないところにこそ、闇の物語がある」
だめだ、わかる。
これは続けても、不毛な会話になる。
「で、なんで、この町へ戻ったの」
そして、サンジュはもとの話題へ戻す。
もはや、答えなければ、未来を与えられない気がした。けれど、やはり説明は難しい。
そこで。
「趣味で戻った」
と、いった。
我ながら、ひどい回答である。
「なら、よかろう」
と、彼女は言った。
どうやら、正解だったらしい。
発言したおれが微塵も正解とは思えない回答が、彼女にとって正解らしい。
すごいぜ。
そして、サンジュは「あー、ひげづらには、あきたな」と言いつつ、あさっての方向を見ながらいった。「もう二度とするもんかよ、こんな顔を」
ふんわりとなにかに毒づき、三度、毛先を口元へ添えている。
おれはー。
無視した。
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