てちょう
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
竜の生息調査のため、竜払いに同行したいといわれた。彼は、この大陸の竜払いの協会に所属する人間で、調査のための同行は、今回が初めてだという。
彼は竜払いではない。協会で働く調査員だった。だから、剣も持ってない。
歳はおれとそう変わりそうないけど、やけにおどおどしている。色白で身体の線が細く、いざ全力で駆け出して、こけでもすれば、腕のひとつでも、もげてしまうのではないかという図を想起される感じだった。
あいさつも「あ、あ、どうぞ、あの、じゃまにならないように、はい、なんとかやりますので、ええっと、ああ」と、おどおどがそのまま言語化したみたいだった。
そこで緊張をほぐそうと「よしなに」と、言うと、きょとんとされた。
そのあと、じっと見返してくる。かなり長い間、こちらに負担のかかる沈黙をぶつけられた。
そして、以後、もう気軽に話せない。きょとんとされる恐怖ができてしまった。もう永遠に話かけられない。
そのため依頼があった竜のいる現場へ向かう最中、ずっと黙っていたしまった。
向こうも何もしゃべらないし、黙って後ろをついてくる。
無理してでもこちらからしゃべりかけた方がいいのか。けれど、失敗を恐れて、しゃべりかけられない。なんだか恋に似てる。
いや、似てない。きっと動揺していた。
現場は歩いてる半日を切るぐらいの人里離れた場所だった。彼の調査内容は、おそらく最近、依頼される竜の大きさや種類の動向を調べるもので、おれとの動向調査が終われば、べつの現場へ向かうことになっているらしい。
とにかく、このまま半日、沈黙を守り切ればいい。
けれど、これがなかなか、難しい。どうしても、何か話しかけた方がいいのではないかと、自前の社交的な人間性が勝手に作動してしまう。
よし、そうだ、いっそ、これを遊戯と設定してみようか。この半日の時間を乗り切るため、自分のなかで、制約を定めることにした。
道中もし、彼にしゃべりかけてしまったら、おれは死ぬ。
うん、死ぬは、さすがに極端か。若年期の児童でもあるまいし。
それでも、いちおう、やってみる。おれはしゃべれば死ぬんだ、そう思いながら、目の前に広がる草原を眺めながら歩く。草原はのきなみ枯れて、見渡す世界はすべて黄色くなっている。人の影も、人家もなかった。
風が吹き、草原が揺れて、さざ波のような音が延々と続いた。
もしかして、いまここで、殺されたら、骨になるまで見つからないのではないか。
と、しなくていい想像をしつつ、ふと、後ろから着いてくる青年を見返した。
彼はいつの間にか、手帳を見つめ、なにかを書き込みつつ、なにかぶつぶつ言っている。
呪いの言葉でも書き込んでいるのか。とにかく、彼はぶつぶついっていた。前をほとんど見ていない。ぶつぶついっている。ぶつぶついって、手を動かしている。ずっと、ぶつぶついっていた。ぶつぶついって、何かを書き、視線は手帳に定まっている。目がぎょろついていた。
見た目だけで判断して申し訳ないが。まず、彼の心が健康的な印象は受けなかった。
いったい、何をぶつぶつ言っているんだ。
けれど、しゃべると死ぬ制約を入れている。話かけられない。
いや、ただ話しかければいいだけだった。でも、ここで話しかけたら死ぬ。
いや、死にはしないが。
そこで、少し歩き速度を落としてぶつぶつを聞きとってみようとした。すると、彼は落ちた速度に順応して、歩く速度をおとした。
やるな。
一定の距離を保ちつつ、そして、手帳への書き込みと、ぶつぶつはやめない。
ここは負けを認めよう、しゃべりかけたら死ぬ制約を捨ててよう。
ゆるしたまえ。
と、なにかに許しをともめながら、訊ねてみた。
「なに、書いているのですか」
「遺言」
目を見て答えられる。
そこでこう答えた。
「似合いますね、遺言」
それが、彼との最後の会話だった。
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