まど

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 病院の中庭に現れた竜を払って欲しいという。

 依頼元の病院へ行くと、出迎えた病院の関係者の男性が「さっそくですが、こちらです、はい」と、現場の中庭へ案内した。中庭は、各病室から、見えるように木々が植えられていた。

 枯葉が落ち、吹いた風に舞う。そんな中を歩む。職員の男性が言ってくれた。「あ、竜を、あれするまえに、なにか、用意しましょうか、お食事、かるいのを」

「いいえ、お気遣いだけいただきます」

「そうですか、いえ、じつはうちの病院、入院食の評判がいいですよ、おいしいって」

 そんなことを話しているうちに、竜が現れた場所へ着地した。

 竜は木の上にいる。立派な大きな気で、竜の方は中型犬くらいの体躯だった。高い場所の枝に乗っている。手を伸ばしたところで、とうてい、届かない。

 離れた場所から、ふたりして見上げる。

「あの竜なんです」

 指され、目視しながら「さがっていてください」と、告げ、すぐに払いにかかる。

「木の上ですけど、大丈夫ですか」

「まず笛で刺激します」その笛を取り出して、口元へ運ぶ。「この笛で、大抵の竜は反応します。吹けばきっと、迫ってくるので、ここにいたら危険です」

「おっと」職員の男性は、慌ててさがってゆく。

 この笛が、竜の骨で出来ている。と、そこまでは、語らずおいた。

 笛を口にくわえる。すんぜんだった。

「いけません!」背後から怒鳴られた。

 振り返ると、入院着を着た少女がいた。十二、三歳だった。この病院に入院しているらしいけど、ふっくらしたまる顔に、血色もいい。

「竜を払わないで、おじさん!」

 ひどく強くうったえかけてくる。不意の呼びかけのせいで、笛もくわえる手前でとめていた。

「だめなの、おじさん、その竜は、その竜は」

「こらこら」と、職員が抑止にかかる。「だめだよ、ハズミちゃん、邪魔したら」

「あの窓をみて!」

 ハズミと呼ばれた少女が指さしたのは、病院の二階の窓だった。

 見ると、その窓から、ひとりの青年がじっとなにかを見ている。木の上にいた竜だった。

「彼、重い病気なの!」少女ハズミはそういい、さらに叫んだ。「食べすぎで、入院のわたしとは違って!」

「いや、彼の病状はさておき、きみのその、足し算にはならない入院情報の開示は、いるのか」

「きいて、おじさん」

「きみは、おれの話を聞かないけどな」

「彼、わたしに話してくれたの。もし、あの竜が、あの木から飛び立ったら、自分はもう死ぬだって」

「いや、あの竜が木くら飛んだら死ぬ仕組みがわからな過ぎる」感想を述べ「ぜったい、からかわれてるだろ」考察も伝えた。

「だから、やめて、あの竜を払わないで! お願い、おじさん! 彼が死んじゃう! 彼にもしものことがあったら、わたし、ががががー、ってなる!」

「大事な部分の表現を擬音にしてしまったのか」

「わたし、生きてけない!」

「生きてけそうだけどな」

 すると、彼女は、わー、と泣き出した。不安定さを炸裂させてくる。

 ふと見ると、病室の窓から竜を見ていた青年は、無表情で、ふかし芋を、むしゃむしゃ食べている。絶命の気配はない。

「彼、なんで入院してるんですか」

「まってました」職員はうなずきながら言った。「食い過ぎです」

「そうでしょうね」

 すると直後だった。

 空から、べつの竜が飛んできて、同じ木に止まった。

 そこで彼女に訊ねた。「なあ、竜が増えた場合は、彼の命はどうなる」

 彼女は答えない。泣きやんで黙っていた。増えることは、考えてなかったらしい。

 窓辺の青年の方を見ると、無表情から一転、衝撃を受けた表情をしている。

 彼もまた増えることは、考えてなかったらしい。

 そして料金は二倍である。

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