てんさい
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
美術館に入り込んだ竜を払ってほしい。
「お願いします、なかに! この美術館のなかには祖父の作品が!」
人口数もささやかな規模の町にある。小さな美術館だった。入り口に立つと、その顔に、まだ少女っぽさを残した女性が必死に訴えかけてきた。やや、奇抜な配色の服を着ていたが、目に浮かべた涙と、そのせつじつそうな表情から、彼女が見舞われているらしい事態の深刻さが伝わってきた。
「もしも、竜がなかで暴れてはじめたら、そ、祖父の作品が!」
「落ち着いてください」彼女をなだめ、訊ねる。「この美術館には、あなたのおじいさんの作品も展示されているんですね」
「 はい、祖父のしかありかせん!」
そう元気よく返された。そして、少し遅れて理解する。つまり、ここは、その祖父専用の美術館なのか。
その人は有名なのかは気になったが、彼女の様子からまずは竜を払うのが急務だった。
素早く動いて、入り口を確認する。正面口には鍵がかかっていない。他の窓も、ほぼすべて開けっぱなしだった。
警備の手薄さがひどい、竜でも泥棒で入り込み放題だった。
それから彼女の方を見た。
「危険ですので、あなたはここで待っていてください」
「お、お願いします! 祖父の作品を守ってください! 祖父は、祖父は、未完帝王と呼ばれ、その作風は現代の」
「あの、この場面で解説開始は無しで、停止で」
告げて、なだめ、そして正面口から中へ。
入ってすぐ無人の入場受付があった。展示は奥の部屋から始まるらしい。
「竜、いませんね」
背後から彼女に話かけられた。
「ついてきたんですか」
「ごめんなさい、心配で、つい」
「 外で待っていてください」
「はい」
彼女は胸元で両手で両指を合わせると、きらきらした目で見てきてうなずいた。見上げると、天井に設置された照明が強いだけとわかった。
仕切り直し、まず竜の姿を確認するため、中へ進む。
「入場券は買いましたか」
背後から声をかけられ「まだいるのか」といって振り返す。「しかも、いま、ややいかれた言動が耳に突き刺さってきましたが」
「いえ、冗談でもと。しごく、ご緊張なさってらしたので、心の隙間に一りんの花を挿すように」
「いや、ごめんなさい、初対面でこういう言い方をしますが、おれの緊張具合を見抜けるほど、あなたはきっと、おれのことを知らないはずだ。そして、ささないでください、心の隙間があるかれって、気軽に花を。急所つくように花を挿さないでください」
「はい、では、竜はこの先にいるはずですので、わたしはここまでに」
「うん、もっと手前で引っ込む場面あったんですよ」
教えてみたが、彼女が聞いている印象がなかった。
けれど、今度は彼女が完全に引き返して、いなくまるまでその場で確認した。彼女は、何度か振り返り、せつなそうな表情みせたりしたが、調子にのりそうなので無視した。
完全視界からも気配からも消えてから、ようやく、展示室へ入った。壁にはぼんやりとした風景の絵がかざされていた。おれには上手い絵なのかはわからない。それと牛を描いた絵も妙に多い。牛の彫刻もあった。
展示域は広くはないが、壁や柱で入り組んでいて、かなり死角がある。
竜の姿はまだ確認でいない。けれど、竜を感じる。
気配は確実にあった。近くにはいる。
いつ、どこから現れるかわからない。
ただ、警戒は竜に対してだけではなかった。
あれからずっと、あの娘さんが、じつはついて来ていたりしないか気になってしかたない。この美術館はどこからでも入れそうだし、どこかから現れるのではないか。
竜と娘さんの出現を警戒する。
まるで竜と人とを、同時に戦ってるみたいな気分だった。
さらに奥へ進む。飾られている絵はどれも似たようなものばかりだった。やがて、ひときわ広い場所に出た。その中央に、いかにも大事そうな彫刻が飾られている。やはり、牛だった。
とたん、竜を感じた。見ると、牛ぐらいの大きさの竜が柱の後ろから飛び出してくるところだった。
「っ」
さらに、今度は別の方向から彼女の気配を感じた。彼女が竜とは反対側の柱の後ろにいる。
なぜそこに君が。そして、あんなに至近距離から着いてくるなと通達したのに、そして、約束いっさい守らないな、と、思う間もなくだった。
飛び出した竜が、まっすぐに彫刻へ向かってゆく。このままでは竜が彫刻へぶつかる。
「ああ! 祖父の代表作が!」
彼女を悲鳴をあげも、とっさに柱から飛び出し、彫刻へ向かう。
さすがに、こちらからは距離があり過ぎた。彼女が竜の進路にある彫刻の前へ、身を投げ出す。
彫刻のかなり手前で、完全にぴたりと動きを止めた。
直後、竜が彫刻へ激突し、彫刻は粉々になる。
いま、完璧に彼女は祖父の代表作をかばうことを意志を持ってやめた。
それから彼女は床に崩れ落ち、いった。
「間に合わなかった」
いや、間に合わせなかっただけだ。
と、言いかけてやめた。
その後、彫刻を粉砕した竜は、さらにその残骸を口から放った炎で焼いていた。この世界の完全滅殺だった。
竜はあの彫刻が、嫌いだったらしい。
そして、考えた。
竜に嫌われる作品をつくる才能とは、それはそれで天才ではないか。
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