てまねくそうぞう
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
あれは、なんという名の木だろうか。
西へ向かっていると、風景に溶け込んでいる木の種類が変わってきた。
鬱蒼と広範囲に生えているわけでもなく、背が高いものが、大地の上に、孤島のように寄り添って生えている。葉はどれも、さらさらとしていて、枝は少し重力に引き寄せられる気味に下へ向いている。そして、風が吹くと、揺れる葉が手招きをしているように見えた。
こうして陽がのぼっているときも葉は手招きしているように見える。夜になると、より、その種の迫力が増していた。
木の生えていない場所は麦畑が広がっている。ここまで広大な麦畑を目にしたのは初めてだった。かなり大きな規模だった。なめらかなうねりを帯びた丘に麦畑が広がっている。みごとな黄金色をつけていた。
麦畑がある。それは人がいる証だった。けれど、視界には誰もいない。麦畑の他には、とうもろこし畑があった。そちらも広大である。けれど、麦と違って、とうもろこしは、空へ向かって高く大きく育ち、きっと、中に入れば、迷路のような体験ができそうだった。
渇いて固まった轍の道を歩き続ける。事前に聞いた話では、このあたりは麦の生産力が極めて高い。他の作物の生産量も高いが、それでも麦にいたっては、だんとつの生産量らしい。生産された麦は加工され、多くが輸出にも回される。
そして、この作物の生産力が、西にあるという大きな都の根底をささえているという。
そんなことを考えながら、麦畑を左右に望む道を歩む、風が吹き、木の葉が揺れ続けていた。
風が吹くと、やはり、木の葉は、手招きをしているような揺れをした。眺めていると、しだいに、ほんとうに手招きされているような、そんな妙な気になってきた。まるで、木が生きているみたいだった。あるいは、他のなにか、意志あるようなものに見える。
そういえば、この地方には、奇妙な逸話にもとづいた童話も多いいと聞いた。もしかすると、あの手招きしたように見える木の葉の揺れが、そういった童話を生み出す想像力の材料になっているのではないか。創作に投じられる想像力は、あの独特な葉の揺れに育まれた部分もあるのではないか。
という、想像をしつつ、歩き続けていた。
ふと、そのとき、道の先に、緑色の外套をかぶった者を見つけた。
こちらへ向け、手招きをしている。
あたりは、広大な麦畑で、家屋は見られない。緑色の外套のその人物は、周囲から浮いた存在感で、そこにいた。
人、いや。
かかし、だろうか。
木とかに、布をかぶせてつくった、かかしでは。
距離があるし、よくわからなかった。いや、かりに、かかしだったとして、道の真ん中にある方がおかしい。
それに、外套の手の部分が、なまめかしく揺れている。ほんとうに風だけの働きによるものだろうか。
近づくつれ、そわそわしてしまった。
人だろうか、かかしだろうか。
あるいは。
想像が想像を育てる。
いっそ、声をかけてみよう。
おれは「あの!」と、声を張った。「あなたは、もしや木とかで作られた、かかしですか!」
我ながら、奇怪な問いかけとなる。ちょっと、どきどきしているので、しかたない。
すると、かかしのようなものは「え? あ、はい、わたしは、木とかでつくられた、かかしです!」と、男性の声で元気よく、答え返して来た。
かくじつにひとだった。木造ではない。
よく見ると、手招きに見えたのは、妙な踊りをしている動きだった。
道の真ん中で、踊る。練習だろうか、その真実は不明である。
いずれにしろ、莫大な邪魔である。
そして、嘘つきである。
嘘つきは、もはや鼻でも、ぐーと、伸びてしまえばいいのに。
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