からむつたはまだしも

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 ひさびさに、大きな町へやってきた。

 大きいといっても、ここまでに通過した集落が小規模だったため、ちょっとした大きさの町でも大きく感じてしまう。

 大きな川沿いにある町だった。地図を見る限り、川は海まで続いている。この川はこの土地に生きる人々にとっては、生きるための基礎資源であり、輸送手段でもあるようだった。

 今日はこの町に泊まろう。まだ昼下がりだった、移動は可能である。けれど、そう決めて、宿を探すことにした。

 立ち寄った麵麭売る露天屋の店主から、とある宿を教えてもらった。町のはずれに、大きな宿屋がある。なんでも、一昔前に、このあたりで、名の知れたお金持ちが残した屋敷を、宿屋に改装して使っているらしい。

 そこへ行ってみるよう。と、歩いて向かってたどりつく。

 三階建ての屋敷だった。それっぽい、歴史と、くたびれを、たっぷりと感じられる外観の宿だった。

 壁の前面、緑の蔦がまとわりつき、そこに、蛾も、とかげもくっついている。

宿泊費が、高いのか、安いのか、想像がつけにくい外観だった。

 とりあえず、中に入ってみることにした。とたん「おおっーと、お客さんの、ごとうじょーだぁ! はい、いらっしゃいませぇ!」と、初老の宿屋の主人が巨大な声で出迎えた。「いらっしゃい、いっしゃいませませぇー!」

 彼は眼鏡を白髪に差し込み、紫の上下を着ている。じゃっかん、虫のようないでたちだった。

 そして、じゃっかん、からみつくような口調と、動きで接近して来た。

 おれは少し考え、一度、外へ出た。

 この宿の外観を見直す。宿の壁には、緑の蔦がからまっている。

 で、中に入る。

 建物の中の壁も緑の蔦で覆われていた。

 さらに家具も、装飾品も、床も一部、蔦に覆われている。受付台も、階段も、蔦にからまれている。

 中も、外も、蔦の浸食を受けている。

 あたらしい、宿だな。ざんしん、というか。

 ざんねん、というべきか。

「おおっと、おきゃくさん、おひとり、かなぁ? あ、でもでも、いまはひとりだけど、じつは遠く離れた場所、仲間がいるからー、ぼくはひとりじゃない感じの人とかですかああ!」

 初老の店主は、接近戦をしかけるように、接客をしてくる。おれは「ええ、まあ」と、答えた。

「というかぁ、お客さーん」

「はい」

「もしかして、お強いですか?」

 どうした、急に。

「最強とかですか」

 とうとつに、何かの尋問が始まった。

 まちがえた回答をすれば、長引く気がしたので「部屋はあいていますか」と、なにごともなかったように、客として絶対的な距離感で話を進めてみた。

 賭けである。

「ええ? ああ、はいはい、ありますよぉ! ありありですよ、ありですよぅ」

 賭けに勝ったのか、否かはまだ不明であるが、彼がそう答えた。

 そして、今度は妙な沈黙の間があいた。互いに、口を真横に閉じて、至近距離で、見合う。

 なんだ、この時間は。

 やがて、おれは問いかけた。

「もしかして、泊まる部屋にも、蔦に生えてますか」

「むろん」

 即答である。

「やめろ」

 と、返してしまう。

「いやいやいや、ねえ、それはさぁ、しかたないよぅ、お客さん。だって、だってね、ここは、ふるーい、建物ですからね」彼は、にやり、として告げてくる。「しがらみは、あきらめて、もーらわないといけませんよぅ、歴史のしがらみかつ、現代社会のしがらみを、体現した、ここは、そういう宿ですから、ね!」

 そう言われ、おれはすぐに一礼し、宿を出た。

 歩いて、遠ざかる。

 からみを、全面的に拒絶である。

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