すぎるあやまり

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 この大陸へ渡り、はじめての巨大な竜を払う依頼を受けた。けれど、条件付きである。

 いや、条件というより、ようは人数合わせだった。その竜を払うために雇われたのは、四人だった。

 依頼人は広大な葡萄園の持ち主であり、園内の北側に、巨大な竜が現れたという。

 この大陸では、大きな竜を払うためには高額の費用が必要になる。都市の町の中、あるいは付近で出現した場合は、町がその費用を負担する。けれど、町から離れた農園では、それを個人で負担ことになる。

 巨大な竜が葡萄園へ現れたのは今日の昼頃だった。依頼されたのは夕暮れ頃である。竜払いのための費用を捻出、用意するのに、時間がかかりがちである。

 人だけでなく、竜以外のすべての生命は無条件に竜に畏怖を抱く。慣れることも、克服することも不可能だった。今回の依頼は葡萄園である。竜が葡萄園にいれば、恐怖で、人はまともに作業することができない。払う必要があった。

 そして、依頼は竜払いたちが集う、とある酒場まで持ち込まれる。

 依頼の仲介人が話す。葡萄園の主が希望したのは、竜の大きさから判断して、竜場払い四人名だった。

 きけば平屋の住宅ほどの大きさの竜らしい。それくらいなら、独りでも払えた。すくなくも、以前いた大陸では何度も払った。

 けれど、この大陸の基準では違うようだった。四人いるといわれた。仲介人は四人のうち三人を、この大陸でもとから竜払いをやっている男たちを選んだ。全員、屈強そうで、大男だった。三名とも戦鎚使いたちである。

 四人目はおれに頼んだ。おれは竜を払うとき剣を使う。この大陸では、剣を使う竜払いは、滅多にいない。竜を巨大なかなづちみたいな戦鎚を使って叩いて払うのが主流だった。そして、戦鎚以外を使う者は、王道の竜払いではないとされる。

 なのに、仲介人がなぜおれを選んだのか。理由は明白だった。

 他の三名より、報酬が安い。

 きっと、仲介人は正規の四人分の竜払いの料金を貰っている。その料金の差分を、まあ、きっと。と、いったところだろう。

 状況は読めたし、考えることはある。

 けれど、この大陸へ足を踏み入れ、はじめての大きな竜を払う依頼である。これまでは、大きくて、犬ほどの大きさの竜を払ったのみだったし、引き受けることにした。この大陸での実績は必要である。

 仲介人は「では、明日、朝から頼むぞ。畑じゃ朝から作業するかな」と、告げて、酒場を去って行った。

 三名の戦鎚使いの竜払いたちは「ええ、まかせろい」「おう」「はは」と、それぞれ反応した。おれは頭をさげた。

 そして、戦鎚使いの竜払いのひとりがいった。「つーわけだ」

 みな、三十歳前後で、身体の大きさも、そして、竜払いとして経験値も、ひとしい印象がある。

 そして、話し出す。

「ええ、じゃあ、明日の朝、集合な」

「おう、まて、集合って、どこに、何時にだ」

「はは、何時って、おめー、朝の六時でいいだろ、現地集合だ、はは」

「おう、いよーし、六時か。竜が眠っているところをやるってか」

「ええ、んじゃー、時間合わせるぞ。時計だせぇ、時計!」

 いって、みなで、懐中時計を取りだす。

「おう、剣ふり。おまえも時計だせや」

「もうしわけない、おれは時計を持っていません」

 おれは顔を左右にふった。

「はは、なんだよ、おまえ、そんなんでえ、よく竜払いやってんなぁ、はは」

「おう、おまえ、時計もなしに生きるなんて。ったく、動物と同じだぞ、それでも竜払いか、おう」

「だめだなぁ、ええ、やっぱ、他の大陸の竜払いは、ええ」

 とたん、三名は笑い出す。

「遅れないようにします」と、おれは告げた。「時計も手に入れておきます」

 そして、翌朝である。

 昨日のうちに手に入れた懐中時計を見る。朝の六時きっかり。

 おれしかいない。他の三人はいない。

 どうした。

 竜はいた。しかも、思いっきり、目をあけて起きて、しっぽをゆらめかせている。眠っているところを仕掛けるなど、もっての他の状態である。

 このままでは、農園の人たちが朝から動けない。

 よし、やろう。決めておれは背負った剣を鞘から抜く。

 そして竜を払い終えた。

 ひさしぶりに大きな竜を払ったので、あやうい場面あった。けれど、竜を空へ還した。

 もしかして、あの朝の六時の集合は、おれを先に一人で来させて困らせるために伝えたのか。ひとりでここに来て、大きな竜をまえにひとり、慌てさせようとして。

 そうか。

 と、考えてから、ほどなくして、彼方から土煙がみえはじめた。

 あの三人の竜払いたちが、必死な形相で走って来て、たくましい身体で、おれの足元へ滑り込んでくる。

「ご、ご、ごめんごめんごめんなさいね! あ、あ、あのね、ほとん、ごめんなさいねぇ!」大男たちが、全力で謝罪してくる。「ねちゃたの、すごいねちゃったのぉ! ご、ごめんなさい、ほんと、おきそびれちゃたのぉおお!」

 演技だとしたら、演技の天才としか思えない。必死に謝罪の言葉を放つ彼も、他のふたりも、出発の準備時間がなかったのか、髪はぼさぼさである。衣服もよれていた。

 尊厳を投げ出しての謝罪である。

 謝り過ぎだし、時間も過ぎたし。

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