じゅうだんかい

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 この大陸で町単位、あるいは、それなりに大きな共同体の単位で竜を払う依頼をするこが多い。

 けれど、時折、純然たる個人の支払うで依頼をしてくる人もいる。

 今日、依頼をして来たのは、この地域の名士であり、資産家らしい。広い敷地に、広い屋敷を構えていた。

 快晴のもと、門から敷地の中へ入る。依頼主の屋敷へたどりつくまでには、かなり歩いた。けれど、その間、見事な薔薇の園を眺めることができた。

 屋敷に近づくと、かすかに竜を感じた。事前に話に聞いていた通り、さほど大きな竜ではなさそうである。

 屋敷は三階建だった。どの窓も見事に磨いてある。

おれは玄関先へつるしてあった呼び鈴を手にとって、鈴の音を鳴らした。

 やがて、屋敷の中から誰かが駆けてくる音がきこえた。けれど、駆け足の音は扉のすぐそばまで近づいて停まった。

 その後、しばらく静寂になる。

 ずっと、扉の一枚向こうで、人の気配を感じていた。

 なんだろう、と思っていると、今度は、ふと、斜め上の方向から視線を感じた。二階の窓の方へ顔をむけると、窓が、どばん、と閉まる音がした。

 かと思うと、今度は玄関の扉が、すーっと、少しだけ開いた。その隙間から、五十代くらいだろうか、口に白黒の髭を生やした男性が顔のはんぶんだけを出して来た。

 じっと、こちらの様子をうかがっている。

 こちらも様子を、じっと、うかがうことにした。

 すると、髭を生やした男性は、ゆっくりと扉をあけてゆく。

 身なりからして執事だろうか。小柄な人だった。髪の毛も髭と同様、白黒がまじり、やや膨らみ気味である。

 彼は「あ、あの、あの、竜払いさま、ですかね」と、訊ねてきた。「あの、あの、あのー、で、ですよね?」

「はい、こんにちは、ヨルと申します」

「あ、あ、ヨル、ヨルさん、ヨルさん、ヨルさんか、ヨルさん」名乗ると彼は、何度かうなずき、それからいった。「お、奥さまが、これから参りますのでー、あ、あの、あの、ちょ、ちょっ、ちょちょ、っと、そこでー、はい、ええ、お待ちいただいていいですかね」

「はい」

 と、回答したときだった。また、斜め上に気配を感じた。

 顔を向けると、ふたたび、さっきと同じ位置の窓が、破損するのではないかという激しい勢いで閉まった。

 なんだろう。

「あ、あ」執事の彼がいった。「と、というわけで、い、いまのが、奧さまです」

 いまのが、なのか。

 小動物が危機を察知して逃げるみたいな動きをしたのが、奥さまなのか。

 警戒、されているのか。

「ととと、というますのもね、」執事の彼が続ける。「お、奥さまね、は、はい、奥さまはですね、え、えっと、ですね、ご説明しますとね、はい、あの、こー、こー、なんといいましょうかー、えっとですね、ええー、お化粧が、ありましてね、はい」

 お化粧が、ある。

 とは、いったい。

「と、とと、と、申しますのもね、はい、お、奥さまなんですが、ええっと、むかしからですね、ええー、なんといいましょうかね、はい、つまりですね、いつも、これからお会いになる方に、合わせたー、お化粧をする方でしてね、はい」

 いつも、これから会う者に合わせたお化粧をする。

 ええ、んん。

「ででで、で、ですね、そのため、会う前に、その方の顔を見る必要が、ありますので」

 つまり、さっきの、あの窓の閉まったのは、ようするに、おれを見ていたのか。

 そうか。

「で、ですね、お化粧には、十段階あるんです」

 十段階の化粧。

「じゅ、十段階といいますのは、奥さまがこれから人に会うために、ご自身のお顔にされる、お、お化粧の位といいましょうか、お化粧のいわば強さといいましょうか、意気込みといいましょうか、ああああ、こっ、こっ、これはああ! ゆ、ゆだんならんんんお相手でぇええ! と、とと、という方だと奥さまが判断された場合、や、や、やはり、十段階中、十のお化粧します、ええ、はい、で、ででで、まー、まあまあ、などになりますと、数値が、下へ下へと、いきまして、はい」

 相手の顔によって、化粧の完成度を変えるのか。

 そこまでの説明を聞き、おれは少し考えてから「そうですか」とだけ返した。

「ななな、なので、しばしここでお待ちを、しばし」

 執事の彼にそう言われ、おれはなすすべもないので、玄関先でただ待つことにした。

 ほどなくして「あ、あ、奧さまのお化粧が終わりましたようなので、やってまいりますよ!」と、彼が告げて来た。

 そして、奥さまが微笑みながら玄関先に立つ。「はーい、おまたせしまーしたぁ!」と挨拶しつつ。

 すると、執事の彼がすぐに「六ですね」と、いった。

 それ、声に出して言う必要があるのか、そこの執事。

 で、その数値を知り、おれはどう処理していいかわからない気持ちである。

「いいえ、五ですわ」

 そして、奥さまによる、下方修正も入ったぜ。


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