とおりぬけたい

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



  依頼を受け、町を出て現場へ向かう。依頼人から渡された地図には途中で隧道を通り抜ける道順になっていた。話によると、その隧道は、もともとあった洞窟をそのまま掘り進めて、隧道化したものらしい。

 少し長い隧道で、真昼でも、通り抜けるとき、夜より真っ暗になるので、光源をつけた方がいいとも言われた。

 灰色の岩だらけの一帯を歩き進めてゆく。新しく、便利な道が出来てからは、あまり人通りもないらしい。

 天気はいい。やがて、その隧道の入り口までやってきた。煉瓦を半円に組んでつくられた入り口は、高く、だいたいの馬車は通り抜けられそうだった。ただ、聞いていた通り、隧道の向こうは暗く、黒い壁のようになっていた。向こう側がまったく見えない。

 助言通り、光源の準備を始める。

 すると、隧道の奥から気配がした。足音からしてふたり。

 こちらへ走って来る。

「待てよ!」と、隧道に響く男の声が聞こえた。

 かと思うと、隧道の闇から、若い女性が走って出て来た。そのすぐ後に、同じくらいの若い男性が出てきて、彼女の腕を掴む。

「待てってば!」と、男性が激しく言う。

「できない!」彼女がそう言い返す。「わたし、どっちかなんて選べない!」

 比較的、おれが光源を用意しているそばで叫ばれる。

 そして、彼女は空を見上げ言う。「あなたと彼とのどっちかなんて、わたし、選べない!」

「わかるさ」男はいった。「あいつは君の幼馴染だし、俺にだって、あいつは親友だよ」

 なんだろうか。なにかもの人間の果ての、もめごとだろうか。

 実態は不明だが、それは比較的、おれの近いところで展開され続ける。こんなに距離も近いので、ふたりもわかるだろうに。

 真剣な話をしているが、いま知らない人が近くにいるぞ、っと。

 気を遣おうとか、ないものか。

 彼女が泣き出す。すると、肩に空からぽつりと来た。そして、ざあざあと雨が降り始める。あんなに天気が良かったのに。

 彼女は手で顔を覆い、雨のなかで泣いていた。

 そこへ男性は言う。

「君だって、いつかこんな日が来るって、本当は知ってたはずだろ」

「だって、わたしは」彼女は何かを言いかけて、やめる。

 言いかけて、やめるより、いますぐ、この展開そのものをやめてくれまいか。

 けれど、ふたりとも、おれに気を使う気はまったくないらしい。展開は続行されるようだった。

 そこで光源をつけるのはいったん、あきらめ、さきに隧道の入ろうとした。おれが悪いんだ、ここにいる、おれが悪い。

 自身へそう言い聞かせる。

 だが、そのとき、さらに隧道の闇から気配がした。じっくりと歩いて来る。

 まさか、来るのか。彼女の幼馴染にして、彼の親友、とか。

 まもなく、隧道の闇から、ふたりと同じ青春時代を生きていそうな男性が現れた。

 隧道を出ると、彼は神妙な面持ちのまま黙って、ふたりと同じ雨にうたれはじめた。

 おれも、三人と同じ雨にうたれていた。出来れば、雨にうたれない隧道のなかへ行きたい。ただ、三人はそれぞれ微妙の隧道をふさぐ立ち入りにいるので、より横を通りぬけにくい。

 あげく、あたらしく現れた彼は「うらぎったのか」と言い出す。

 最初の彼は雨にうたれるままにした顔をそらす。彼女は、雨で身体が冷えたのか、息が白くなっている。

「うらぎってないよ!」と、彼女が叫んだ。

 事情を知らないので、おれは、そうなのか。としか頭のなかで感想を述べることしたできない。

 とうぜん、感想を述べる必要もない。

 もはや、強引にでもここを離れるしかなさそうだった。三人とも、なぜか、おれの存在を気にしないし。

 ここにいる、おれが悪いんだ。

 ここは、おれの居場所じゃないんだ。

 通りぬけよう。

 その矢先。

「あなたはどう思います」

 と、彼女がおれへ聞いていた。

 急に、巻き込みやがったぞ、なぜだ。

 もらい事故ではなく、完全に、意思を持って仕留めに来た。

 おれは雨のふる空を見上げる。さっきまでよく晴れていた空だった。

「君は」

 と、彼女へ問いかける。

「急に、雨、ふらせる能力とかあるのか」

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