ちがう
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
ある古城に現れる竜を払って欲しいという依頼を受けた。朝に出発したが、場所に迷い、森を抜け、城にたどり着く頃には夜になり、しかも、激しい雨となり、かみなりもなっていた。
城は、ところどころ滅び、あちこちが崩れかけていた。もとは上質な石でつくられていたはきし、石積みの塀は、泥棒に抜かれてしまったのか歯抜け状態で、もはや古城というより、遺跡めいている。
手入れされていない庭園を進み、本城に着くと、扉を三度叩いた。夜の雨のなか、かみなりは鳴り続ける。はたして、叩いた扉の音が、なかの人間に聞こえたか、不安だった。
やがて、扉があけられた。出迎えたのさ、痩せた老婆だった。けれど、着ているものは、まるで、若い娘が身にするような晴れやかなものだった。
「あの」
「どうぞなかへ」
老婆は、こちらの身分を察したのか、話す聞く前に、城のなかへと招き入れる。
けっかとはいえ、真夜中に訪れたこちらもこちらだが、さすがに無用心ではと思いつつ、可能なかぎり、身体の雨粒を払い、扉をくぐる。
暗い。なかはかなり広そうだが、明かりは老婆の手にいている蝋燭ひとつで、広さに対して、まったく光が足りてない。あとは、時折り鳴って、窓から入り込んでくる、かみなりぐらいだった。
そして、老婆の顔は手にいた蝋燭の向こうに、闇を背景に浮かんでいた。じっと見られたので、じっと見返していると、こちらへ、と、歩き出す。
彼女の手にする蝋燭だけをたよりにあとに続く。屋内はどこまでも暗く、夜目に限界があり、彼女の案内なしには、真夜中のこの城を進むのは、難易度が高そうだった。
しゃべらない。一言発しないまま、彼女は案内してゆく。やがて、行先に明るいものが見えた。
暖炉に火の入った部屋だった。間接的に照らし出された部屋は、古い調度品がかざされ、男性の肖像画がかけてある。
「おかけください」
彼女は暖炉の側にある、椅子を進めた。小さく頭をさげ、腰をおろすと、彼女は蝋燭を置き、暖炉にある安楽椅子へ座った。
「ヨルと申します」
名乗ると、彼女はゆっくりと会釈を返し、それから、感情の読めない表情で、こちらの顔を見てきた。
部屋は暗く、差し向って座った真ん中に暖炉があり、そして明かりはその暖炉の炎しかなく、顔の半面が赤くなっている。けれど、それはたぶん、お互いだった。
彼女はすぐにはしゃべらなかった。こちらから世間話を仕掛けるのも正解か判断がつかず、待つことにした。
すると、彼女は視線を外し、暖炉の方へ顔を向けると、まるで封印でも解くように、上下の唇を引きはがし。
「三年前になるのでございます」
「三年前」
「はい」彼女はまたゆっくりとうなずいた。いまは暖炉へ顔を向けているので、顔のすべてが赤い。「主人がいなくなりました」
「ご主人が、いなくなった」
「はい」消え去りそうな声で応じ「この城の中で、でございます」といった。
暖炉の炎は燃え続けていた。かすかだけど、かみなりの音も聞こえる。まだ、雨は降り続けているらしい。
「それからです、夜な夜な、この城で、おかしなことが起こりはじめたのは」
「おかしなことが」と、いった後「あの」と、声をかけた。
「なんでございましょう」
「私、竜を払いに来ました。竜払いなので」
老婆はじっとこちらを見ていた。
「おばけとか、お祓いはできませんよ」
商品説明が如く、告げる。
すると、彼女は黙り、暖炉をみつめた。
「発注を間違えた」
やがてそれを告白する。それから、間をおいて彼女は「おばけ、ほんとに祓えませんか」と、聞いてきた。
「できません」
「あ、じつは、主人、生前はちょっと竜みたいな顔をしていたのですが」
「いえ、そんなので食らいつかれても困りますってば」
「そうだ! 竜のおばけだったかも!」
「それ、せめて、いま思いついた感を消してから言えばいいのに」
「な、なにさ、あなた、そんな、おばけみたいな顔をしているのに無理なんですか!」
どういうわけか、彼女は小さく愚弄してきた。だから、思った。
きっと、彼女はこれからも大丈夫さ。歯応えのある人そうだし。
城に、おばけが出ても。
いけるいける。
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