うわさそだて
りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。
だから、竜払いという仕事がある。
竜が現れた現場向かう途中で強い雨になり、足止めされた時間が長く続いたため、到着する前に夕暮れになってしまった。依頼された町までは、あとひとつ、森を通り抜けなければいけない。
あたりに人家もとぼしい森の入り口付近で、光源に明かりをともしていると、地元の住民者らしき五十代くらいの男性に声をかけられた。頭は白髪まじりだが、口周りに生やした髭は、妙に黒々していている。
「あの、そこの貴方…」
つけたばかりの光源を手にぶらさげながら相手を見返す。
「あ、ああ…、これから、この森を通りぬけようとしていますか…、もしかして?」
何か口にものが挟まったような様子で聞いて来る。
通り抜けるつもりなので「ええ」と、返事をした。
「いやいや」と、男性は顔を左右にふって、手で抑止するように言った。「やめといたほうがよいですよ」
「やめたほうが、いい」と、問い返す。
すると、男性はまた、ひどく話にくそうな表情で、けれど、口を開いて続けた。
「いえ、この森は…、その…」目を挙動不審に動かす。「ああ、とにかく、夜の間に通り抜けるのはやめといたほうがいいです…」
「なにか、あるんですね」
彼の反応を目にして、察しない方が難しかった。
「いえ、その…」男性は、おれの背中へ視線を向けた。剣を見た。「あなた、もしかして、それなりな…、ああ、いえ、言い方が失礼だったら、すいません、ええっと、剣の腕前は、その、あれですかね?」
対人戦闘能力に優れた剣士なのか確認したいのかと判断し「おれは竜払いです」とだけ告げた。
「ああ、そうでしたか、ではその…、やはり、夜にこの森を夜に通り抜けるのは、よしたほうが圧倒的にいいです」
「わけがあるんですね」
「出るです」
なにか面妖な話になりそうだった。そのまま次に彼の言葉を待つ。
「歩く屍が出るんです」
「歩く屍」
「夜になると、この森では、死んだ者が歩きまわるんです。むかしからの噂で…」男性は言いにくそうに伝えてきた。「あまり、この土地に悪評がついても困るので、この話は彼はなるべく言わないようにしているのですがね。このあたりの者は決して、夜にこの森は入らないのです。あなたは、いまから入ろうとしてますので、およしになった方がいいかと、ええ…、っどうしてもお伝えしたくって」
「死んだ者が、歩いてる」
「はい、森の歩きまわってて、そして、生きた人間を見つけると、喰おうとしてくるんです」
話ながら、男性の顔からみるみるうちに血の気がひいてゆく。この話をしていること自体、恐ろしいことらしい。
けれど、こっちはこっちで、難しい心境だった。死んだ者が歩き回って、生きている者を喰う。そんなものが、夜この森には出るという。
いままで聞いたこともないし、遭遇したこともない。
そして、こうしているうちにも、夕暮れが終わり、完全な夜になろうとしている。
やがて、男性が口を開いた。
「ところで、なんで死んだ者が、生きている者を喰うんでしょうか」
ん。なんだ。
いま、それをおれへ聞いたのか。
「だいだい、死んでるのに、何か食べてどうかなるでしょうか」と男性の疑問は続く。「食って、成長するんですかね。でも、死んでるんだから、成長もおかしい。なのに食べて、それって、なんのためですかね?」
ぐい、っと、顔を寄せて聞いて来る。
とうぜん、おれが知るはずもないので「その会話の流れへ持ち込む文脈が、重犯罪の勢いくらい、うまくいってない気がするのですが」と、思ったことに対し、発言だけはしておいた。
「なんででしょうかね」
けれど、男性は聞いていない。
「なんでだ、なんで、死んでる者が食うだ? え、それで食って、栄養にして活動してるなら、それって、生きてるってことと同じではないのですか? え、そこのところは、あなたはどう思います?」
彼の疑問を無視し、気づかれないように無音のまま、おれは光源を手に森へ入った。
背後では男性が「き、消えた!?」と、驚きの声を漏らしていた。「ま、まさかぁ!?」と、驚いている。
そして、何も起こらない夜の森を通り抜けていった。
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