ゆめがじつげん

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 竜払いに休息はある。けれど、よく急に無くなる。

 竜の出現は自然と同じで、ひとに制御できない。予兆もなく現れ、急を要する対処が必要な時もある。

 今日は依頼のない日だった。けれど、昼頃、急に駆けつけてほしいと伝達を受けた。

 現場へ向かい、竜を払う。

 そして日が暮れた頃に、竜を空へ還した。払う際、やや、しくじり、やられて少し焼かれたものの、致命傷には遠く、ただただ、くたくたとなる。

 町へ向かい宿に部屋をとる。すっかり夜だった。やられて、汚れだらけだったので、宿の従業員に身体を拭くお湯を頼んで部屋へ入る。

 剣を起き、椅子に座る。濃い疲労感に包まれ、かなりねむい。

 睡眠による回復をはかろうとした直後、扉が外から叩かれた。

 頼んだお湯が来たか。眠いが、やはり、身体を拭いてから眠らねば。

 歯も磨かねば。

「あの、あたくしね」扉の向こうから聞こえたのは男性の声だった。「隣の部屋に泊まっている者なのですが」

 隣の部屋のひと。

 はたして、何事だろうか。殺気は感じない。おれは「はい」と、返事をしつつ、扉を開けた。

 すると、そこに齢三十歳ほどだろうか、ひじょうに、からっとした笑顔の男性が立っていた。着ているものは、寝巻きである。

「あ、どもども」寝巻きの彼は、気さくにしゃべりかけて来た。「あの、あたくしね、今夜、あたなの隣の部屋にかりている者でして」

 なんだろうか、この接触は。とにかく、少し様子を見ることにした。

 すると、野放しの隣人は、からっとした笑顔で続ける。

「あの、あたくし、じつは、よく悪夢をみましてね、うん」

「悪夢」

「それでね」と、彼は進行する。「あたくし、その、かりに、もしも今晩、寝て、うっかり悪夢なんてみようものなら、お隣の部屋ですし、あたくしのうなり声で、あなたに迷惑をかけてしまうかもしれず、こうして、事前にお伝えしておこうと思い、やってきたのでございます」 

 そこまで話して、彼は目を瞑り、顔を左右へ振る。

 そして、もう発言しない。話は終わりらしい。

「あの」

「はい、なんでしょうか」

「いや、事前に、あなたの悪夢によるうなり声の情報を伝えられ、そして、おれになにか出来ることはないですよね」

「ないです」

「なら、なぜ伝えに」

「ないです」

「いや、ないです、じゃなくて」

「ないです」

「戦争を仕掛けて来てますか、まさか」

「ないですないですないですないですないですないですないないないないないないないないないないなんにもなぁぁぁぁいぃぃ!」

「急にどうした」

 と、そこで目が覚めた。

 気がつくと宿の部屋の椅子に腰掛けている。部屋にはおれしかいない。

 どうやら部屋へたどり着き、椅子に座ってつい、眠ってしまったらしい。にしても、質の悪い夢だった。

 そう思っていると、扉が叩かれた。

 頼んだお湯か。

 歯も、磨かねば。

 思って開けると、枕を盾にするように手にした寝巻き姿の見知らぬ女性が立っている。

 そして、彼女がいった。

「あー、あのーぅ、この部屋の隣の部屋の者なんですけど…、な、なにか、うなり声がきこえて…」

「あっ、ごめんなさい」

 おれはとっさに謝った。

「いや、どうも夢が実現したらしく」

「はい?」

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