にしのうみべでのこと

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 難波した幽霊船に住み着いた竜を払って欲しい依頼をされた。

 もっとも、幽霊船といっても、きけば、数日前の嵐で、どこからか波で運ばれてきて、その浜辺に流れ着いた木造の帆船らしい。流れ着いた時点で無人だったという。近隣のひとたちが、ぼろぼろの外観を見て、まるで幽霊船みたいだ、と言い出し、いまでは幽霊船で、その土地では通じるようになっただけだった。

 それに、竜が住み着いたというのも竜の生体を知らぬ者の表現でしかない。竜は住むという行動をする生命ではない、巣を持たず、空のどこかから来て、そこにいるだけだった。

 現場は大陸の西の端にある辺境の地だった。白い岩ばかりで、田畑に向いた土にとぼしく、住む人の数も少ない。ただ、この地域特有にある岩のいくつかは、建材として使用される壁のために、それらを採取して、大陸各地へ送ることを生業としている人々が主な住民らしい。たしかに、この地方の名前のついた石壁はきいたことがある。

 依頼元である町長の家へ行き、話を聞く。

 やがて「彼が船まで案内します」といって、その男を紹介された。

 四十代ほどの男性だった。長年に日焼けしつづけたような質の肌をしている。指の節が太く、少しまがったままだった。

「幽霊船までは、わたしが案内しますから、はい、はい」

 男が低姿勢で対応し、その幽霊船が流れ着いた浜辺へと案内をはじめる。

 太陽はのぼっているはずなのに、空は灰色だった。岩と丈の短い草原に続く、ほそい土道を行く。

 道中、依頼人は「町のみんなは恐がって、あの船には近づきたくないようで、まあ、幽霊船そのものですからね、見た目は」と話すした。「しかも、あの船に竜まであそこに住み着いた、ってんで、ますます近づくたくないって」

 饒舌だった。きいていると、男はさらに続けた。

「わたしはね、長年、船乗りをしておりました。だから、船ってやつには慣れてますので、まあ、だから、恐くなっていったら

つじつまが合うってわけでもないですが。でもね、とにかく、船と海には慣れているので、この案内を引き受けました。いえ、でも、竜の方は、もう、まったく、専門外なので、竜払いさま、お願いしますね」

 男の後ろを進みながら「はい」と答えた。

 やがて、浜辺がみえてきた。灰色の空の下にあるせいか、ひどく寂しげな海にみえる。

 幽霊船は、浜辺に打ち上げれいた。船については、素人ではある。それでもわかる古い船なのわかる。露わになった舟艇には、ふじつぼやら、とにかく、名前もわからない貝類がびっしりとはりついていた。帆船だが、帆はなく、船の白骨みたいにみえる。

 不気味だった。幽霊船と呼ぶには、なっとくできるし、禍々しさもある。

「あれですよ、竜払いさま」

 男が指をさす。

「もう、たまったもんじゃないですよ、あんな船がここに流れつくし、それに竜まで住みついて。これじゃあ、町の人間がここに近づけない」

 話を聞きながら視線をめぐらせると、浜辺には、何艘か、小さな船が見えた。きっと、漁をするためだろう。

「古い船ですね」ただ、感想を述べた。「誰ものってなかった、と聞きましたが」それから問かけた。

「無人のまま海を漂ってたんです」男性はそう説明してくれた。「あの船の底には、特殊な薬剤がぬってあるです。有名な塗料だ、わたしもよく知ってます。舟艇が腐りにくなる。だから、何かの理由で無人になってからも、底が腐って抜けずに、海を漂って、それで、この前の嵐でここに流れついたようです」

 話を聞きながら砂浜を歩き、船へ近づく。

 かなり大きな船だった。商船の感じもしない。

「海賊船とかですかね」

「それはありえます、竜払いさま」

「竜はこの船のなかにいるんですか」

「はい、この船が流れ着いたとき、何人かで中に入ってみたんです。わたしがこの目で見ました。あ、ほら、あそこに縄梯子もかけてあります。あれで中に入ったら、竜がいて」

 男性が指さした先には、縄梯子があった。船の縁の向こうと続いている。

 この船に竜いるのか。

 水を嫌う。泳げないからだ、水のなかの落ちたら、浮かんでこれない。竜は海も嫌う。海に落ちたら、やはり、浮かんでふたたび空へは戻れない。だから、海を渡って、飛ぶことはない。竜が大陸間を飛んで移動しない理由がそれだった。

 ただ、浅瀬で水浴び程度をする竜もいなくもない。

 にしても、妙な感じだった。もしかして、これから幽霊船に入るし、どういう心構えをすべきかに迷ってるのか、違和感がある。

 浜辺で剣を確かめてから「乗り込みます」と、宣言し、縄梯子へ手をかける。

「わたしも途中まで。船の仕組みはくわしいので」

 と、男性が申し出た。

 異論を伝えず、おれは梯子を上った。男性もあとからのぼってくる。

 甲板の上に降り立つ。竜の気配はなかった。塩のにおいが強い。鳥の粗相がそこら中にあった。なにかの拍子で船に乗り上げてしまった飛び魚の干物のようなものも転がっていた。

 竜はいない。つよい塩のかおりのせいか、竜を感じることも難しい。

 視線を巡らせていると、男性がいった。「わたしが見たときは、竜は船の中に入り込んでました」

 船のなか。

 見ると、船の内部へ続く扉が見えた。

「あの、じゃ、竜が出ると、足手まといになりますので、わたしはここで」

 男性はここで待つといった。「はい」と、答え、扉をあける。

 なかは暗かった。光はない。手持ちの光源に明りを灯すと、短い通路の先に下へ続く階段が見えた。

 先へ進む。なかの空気は、ひどく淀んでいた。酸素は潤沢とはいえないが、呼吸は保てた。

 階段をくだる。すると、踏んだ階段板が、きい、っとなった。

 すると、頭上から気配を感じた。前へ飛ぶと、上から鋭い、刃が降って来た。

 階段下の床へ着地すると、そこも、きい、っとなった。今度から、刃物が胴を薙ぎにくる。

 飛んでそれをかわす。落とした光源が、刃で粉砕された。

 床に戻る。壊れた光源に、まだともっていた小さな火を拾った。それから通路につるしてあった船の光源を手にとり、明りを灯す。

 通路はまだ先が続いていた。暗く、先がまったく見えない。

 この先に竜がいるとは思えなかった。そもそも、最初にここに来たときから、やはり竜を感じていない。

 けれど、それは船が放つ、つよい塩のにおいの可能性もある。そう考え、竜がいない可能性を捨てることができずにいた。

 竜がいないと判断するには、この船をくまなく探すしかない。

 そして、その後、奥へ進むたびに、あらゆる船の罠に襲われた。まちがえたら、絶命する罠しかなかった。

 やがて、最後の部屋までたどり着く。そこは物置なのか、本棚があった。船の揺れで、本が出てこないように、棒で固定してある。

 けっきょく、この船に竜はいない。そう結論づけた時だった。

 気配があった。

「ここだ!」男性が、部屋へ入って来た。「すごい、最後まで行ったんですね!」

 男性は歓喜していた。

「この部屋に入りたかったんです!」

 ひとりで盛り上がりをみせはじめる。それから、部屋のなかにあった机の引き出しをあけ、ら、何かを取り出した。

「海図ですよ、竜払いさま、これです、これがほしかったんです!」

「海図」

「はい」

 男性は喜々としていた。

「正直にいいます、竜払いさま。ここに竜はいません、わたしご嘘をつきました」

 竜はこの船にいない。やはり、おれの察知は合っていた。狂いはなかったらしい。

「船長はあるとき、船員の反乱にあい、追い詰められて、罠をしかけながら、最後のこの部屋まで逃げていったんです。船には敵の襲撃対策用に、罠が最初に仕込んでありました。思っていたとおり、船長はそれを有効にさせながら、最後のこの部屋まで逃げたのでしょう」

「罠を」

「どうにも偏屈な奴ですしたし、めいわくな男でした。ああ、ほら、そこにいます」

 と、男性が明かりで示す。そこには、白骨人体があった。衣服は着ているが、眼球の無い目で、こちらを見ていた。

「この海図に、隠された宝の在りかが書いてあるんですよ、竜払いさま」

 この場面でも、まだ、おれを、竜払いさま扱いする。

「これも運命です、わたしと一緒に、この宝を探し出し、山分けにしましょう」

 おれは持ち掛けを無視して「なぜ、竜払いの依頼をした」と、聞いた。

「はい、ここは誠実を示すために、正直にお話しますね。もし、罠を乗り越えてここまでこれような優秀な人を雇うには、お金がかかります。竜払いでしたら協会を通して依頼すれば、安く済みます。それに、前者の方は、説明も難しい。竜がここへ逃げ込んだといえば、竜払いなら、竜をおいかけてくれますから」

 つまり、竜払いをここへ送り込めば、やすく罠が解除できると踏んだか。

 けれど、最後は竜がいないことがばれる。だから、こうして、真実を披露して、宝の分け前を提案し、過去は水に流して仲間に引き込む算段か。

「町長からの依頼は」

「竜のことはわたしが町長に伝えたんです、この船に竜がいると。誰も竜なんてみてないのに信じました」

「この船にあるその海図を狙って、この町にいたのか」

「いいえ、すべて運です。偶然、あの町で暮らしていて、数日まえ、嵐で浜辺に打ち上げられたこの船と再会した」

 饒舌だった。

「竜払いさまの命を危険な目に会わせたのはあやまります。ですが、これから手に入るのは、それに似合うだけの宝です。さあ、一緒に」

 男性は海図を片手に近づいて来る。そして、かつてこの船の船長だった白骨のそばまで来た。

 それから、侮蔑的な目を向けた。そして、白骨へ向け「このやろうが!」と、いって、足蹴にした。白骨が椅子から外れて、倒れた。すると、きい、っと床がなった。それから、かち、っという音がなり、部屋の端が明るくなる。つるしてあった縄に、小さな火がついた。火打石でもしかけてあったらしい。かと思うと、縄は瞬く間に焼け落ち、火が床につく。またたくまに床が炎に包まれた。

 最後の罠か、よくできてやがる。冷静にそう考えていると、すぐに酸素不足になった。意識が消えるまえに、部屋を出る必要がある。

 けれど、男の方は、すぐに意識を失った。手にしていた海図が床の落ちた。そして、海図は床に広がっていた炎でとけるように焼けてゆく。

 おれは男をかついで、部屋から出る。

 甲板へ出て、浜辺へ降りる。

 やがて、幽霊船は炎に包まれ、灰になっていった。

 

 

 


 

 

 

 


 

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