あたり

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。


 相談をされた。

 かねてから面識のある竜払いで、ともに竜を払ったこともある。彼は、おれより、ひとまわり年上で、あごひげを生やし、見た目は生命が強そうな男だった。

「どうやっても乗り越えてられない」彼は、おれにそういった。「あんなやつ、はじめてだ。はじめて過ぎて、いまは敗北感でいっぱいだ」

 そして、言い方の誘導に、まんまとひっかかり、聞いた。「どうした」

「とんでもない竜がいる」

「どんな」

「俺はあの竜を打ち取れない」

「顔がちかい」

 謎の発言に対して、つい、いまいまの気持ちを告げてしまう。

「ちかい顔に、ひげも生えてるし」

 さらに、いらないことも告げた。

 すぐに彼の案内で、くだんの竜がいるという森へ向かった。

 その竜は、森のひらけた花畑にいた。聞けば、先日、逢瀬で森を訪れた恋人たちが竜に驚き、その衝撃のすえ、なぜか破局し、行こう自身と同じ目に合う人間がいないよう、払う依頼がきたらしい。

「あの竜だ」と、森を抜け、花畑につくと、彼があごでしゃくった。

「ひげの生えたあごでしゃくられると、なんだか損した気分になる」

 状況にまったく関係のない感想を述べてから竜を見た。

 成体の牛を五倍にしたくらいの竜だった。それなりに大きい。全身は灰色で、岩のようで、あでやかな花畑に、むしろ、映えてみえる。

「やつを打ち取れない」

「そうなのか」

「みてろ」

 すると、彼は足元にあった、林檎ほどの大きさの石を手にした。そして、腕をあげ、足をあげ、凄まじい勢いで、石を竜へ投げる。

 的中する、瞬間、竜が素早く尻尾をふり、彼が投げた石を打ち払った。

 石は彼方まで飛んでいった。

 しばらくして、彼をみると、その場に膝をついて、うつむいていた。

 あとは消え去りそうな声で「うたれた」と、こぼす。

 とりあえず、少し、時間をおいてから「どうした」と訊ねた。さらに「どうしたというか、どうしょうもない感じだが」そう続けた。

 やがて彼はつかみかからんばかりの勢いで「やつは投げたどんな石も打ち返すんだ!」と言ってきた。

「変わった竜だな」

「俺には、やつをうちとれんのだ」

「なぜ、そんな生き方をしていのるかは知らないが、なんかもう、おれの人生の邪魔でしかないというか」

「だが、お前なら! やつを打ちとれるかもしれない!」

「だいたい、竜に石投げて大丈夫なのか」

「うん、それは大丈夫らしい、竜の大きさによるが小石くらいなら怒らない。虫扱いだ」

 竜は小石の攻撃では怒らない。それは意外と有益な情報を得た気もした。

「ヨル、お前なら、やつを打ち取れるかもしれない、投げみてくれ!」

「その根拠の製造元がおかしいはずだ」

 そう言い返したものの、少しためしてみたくなってきた。

 そして、投げるなら打ち取りたい。

「ちょっと、あっちで練習してくる」

 そういって、森の奥へ戻った。

 そして、空が夕焼け色になる頃、練習を終えて、ふたたび花畑へ立つ。

 手ごろな石はみつけ、すでに手のなかだった。

 竜は、まだそこにいた。

 その竜へ向け、おのれのもてる全背筋力をそそいで、石を投げる。

 すると、竜は素早く反応し、尻尾をふる。

 石は花畑のわずか上空を一直線に進む。

 打たれる、竜の尻尾があたる瞬間、石は、かくん、と、下に落ちる。

 変化球が成功し、竜の尻尾がからぶる。

「やったあああああああ!」と、彼が爆ぜように歓喜した。「わああーいい!」

 とたん、石を空ぶりした竜が吠えた。

 かなり怒っていた。こちらを睨み、口から炎を吐こうとしている。

 そうか。

 石があたっても怒らないのに、外すと怒るのか、竜は。

 なんと、きむずかしい。

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