なし

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 その家はのどかな田園地帯の景色を望む場所にあった。

 依頼の事前情報がとぼしく、詳細な内容を聞くため依頼人の家へ向かった。そして、出迎えたのは五十代ほどの男性で、口に上質そうな木製の喫煙具をくわえ、恰幅がよく、身なりはこぎれいだった。

 彼は喫煙具から、独特のにおいがする煙を燻らせながら「やあ」とあかるくいって、手を差し出してくる。

 一呼吸遅れて、握手を求めてきているのだと気づき、それに応じて手を出す。

「こんな遠いところまで、ご足労かけましたなあ」

 そういい、彼は、はっはっはっ、と笑った。妙な余裕がある人だった。

「それで、竜はどこに」

 文字通り、挨拶もそこそこに、おれは依頼を受けた竜の場所を訊ねた。

 竜をここに来るまでに見かけなかったし、それに、竜そのものを感じなかった。竜払いなら、ほとんどの者は、力が近くにいれば察知できる。

 けれど、この、のどかな田園地帯を見渡す限り、視覚でも竜をみつけることはできない。詳しく話を聞く必要があった。

「うむ」と、彼は妙に厳かに喉を鳴らすようにいって、神妙な面持ちになった。そして、喫煙具から煙を一口すって、鼻から出した後で「竜のいる場所は、向こうの方ですね」と、まるまった喫煙具の先で、そちらの方向を示す。

 振り返り、視線を向ける。けれど、やはり、のどかな田園地帯が広がっているだけだった。しかも、いまおれが歩いて来た道がある。

 けれど、ここに来るまで、竜は感じなかった。

「あっち、ですか」

「はい」彼はまた厳かにうなずいた。

「あっち」

「竜がいるのは、あの道をずっと真っすぐ進みます」

 彼はそういうと、そのまま喫煙具を横へ動かした。

「すると、林が見えてきます。林の入り口には、道しるべとなる看板があるはずです」

「林、ですか」

「その林のなかを進むと、だんだん、坂道になってきます。それをそのまま上っていってください。すると、崖になっています。崖沿いに、西へ行くと、丸太の端があって、向こうが側の崖に割れてます」

「崖の向こうに」

「崖を渡ると、今度はくだりになるので、そこをどんどん降りていってください。ああ、そのころには、陽も暮れているかもしれません。なので、下り切った先に、小さな宿があります。今日は、そこへ、一泊していただき、それから、宿からぐっと南へ進んでください。すると、だんだん、うら寂しい平原に出ます。人家もまったくありません。狼がでたりもします、山賊出現も噂されています。定期便で馬車も出ていますし、運が良ければ予約してなくても乗れますよ、平原を三分の一日ほどゆくと、町に出ます、そこでもう一泊してください。名物のたまねぎ料理がうまいです、じつにみずみずしいたまねぎであり、それを目的に、大陸各地から好事家がやってくるほどです。ふふ、飲みすぎも注意ですぞ、なんせ、本番は翌日になりますからな、その町に一泊して、石畳の道を進んでゆくと、やがて、海が見えてきます。そこの景色もまた、絶景で有名です。崖の上などに立って、何時間でも見ていられる海です。ふふ、もしかしたら、思わぬ出会いがあるかもしれませんので、ご用心を。そして、なごりおしい景色に別れを告げ、海沿いを歩き抜けると、小さな町が見えてきます。ここで、昼食ですな、葡萄酒がうまいんです、魚介の料理も絶品でしてなぁ、はは、そのおかけで、この通り、ふとってしまいましたよ。で、その町の外れに、わたしぐらいの竜がいます、木の下で眠っていました。いやはや、あそこに竜がいては、せっかくの景色に緊張感がでてしまいますよ、はは」

 陽気にはなし、締めに笑う。

 少し間をあけてから、訊ねた。

「そこまで着くには、ここからどれくらいかかりますか」

「あ、三日ほどかかります」

 彼はおだやかな表情で答えた。

 そしてさらに問う。「旅行先で見た竜ですね」

「ええ、そうです」

「失格」

 そう告げ、一礼し、おれは来た道を引き返す。

 散歩に来たんだ、と思って乗り切ろう。

 のどかな田園風景にて。

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