ふかおい

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 その森では、以前、妙なものとやりあったことがある。

 わけもなく襲われた。襲って来た、そいつのけっきょく正体は突き留めなかった。とにかく、獣みたいなやつだった。

 それからしばらくだった頃になる。その日は、竜を払い終えたきには、もう陽が沈みかけていた。

 明日、どうしても午前中までに竜払い協会の本部へ向かう用事があった。そこで、いまいる場所から少しでも、本部のある都まで近づいておきたかった。

 現在地を地図で確認した。すると、その森を抜けることが近道であることがあわかった。

 あの正体不明な襲撃者に森だった。いい思い出はない。

 けれど、移動しておきたい欲が勝った。陽は沈みかけとはいえ、明かりはまだかすかにあった。

 なら、まだ夜ではない。

 と、強引にそう思い込み、その森を抜けることにした。

 そして森の中を進んだ。森のなかでは無数の山鳥が鳴く声がしていた。にもかかわらず、まるで静寂のなかにいるような感覚だった。

 森の中を進み、距離も半分ほど過ぎた頃だった、雨が降り始めた。強い雨だった、量も多い。雨粒の勢いは、頭上を覆う森の枝葉を貫通するように降って来た、まるで攻撃だった。

 夜が迫っていた、その上、雨の影響はで進むにはかなり厳しい状況に陥る。

 おれは外套を深くかぶり、けっきょく、雨宿りできそうな木の根元へ移動し、そこへ腰を下ろした。

 この森の中に留まることは避けたかった。また、あれの得体の知れないものに襲撃されるのではないか、気がかりがある。

 けれど、やはり、夜のなかこの雨の中を進むのは危険だし、なにより、雨の中を進んでいる最中に襲撃されると、より応戦が難しくなる。

 雨は長いあいだ降り続けた。そして、やんだ頃には完全な夜になっていた。

 携帯している光源に明りを燈して、道へ戻った。夜通し歩き続けることにした。道は雨水でぬかるみ、足をとられそうになる。しかも、明りは手にした小さな光源ひとつだった。慎重にゆっくり進むしかなかった。

 そして、雨に濡れて身体は冷えていた。

 出発前に、まず焚火をして温まるか。そう考えた後、一度、光源を地面へ置き、背負った剣を抜く。

 竜を払うための剣は、竜の骨で出来ているので刃が白い。

 その場で一度、剣を素振りした。

 身体が冷えていたが、動きに問題はない。

 剣を鞘へ納めて、地面に置いた光源を手にしようと、地面へしゃがみこんだ。

 そのとき、視線の先の明りをみつけた。

 遠い場所で、最初は、ふわりと宙に浮いたように、ふたつ。

 やがて、それが短い行列であることがわかった。前の後ろに、明りを持つ者がいる。明かりの間には、三人ほど人がいる。

 計、五名の行列だった。

 理屈は不明だった、けれど、おれは反射的に自身の光源の明かりを消す。

 向こうにこちらの明かりを知られないように動く。

 で、あとは二択だった。

 あの明かりの行方を調べるか、無視するか。

 こんな時間に、こんな森の深い場所に明りの行列である。

 もしかして、祭りだろうか。

 この気がかりは、ただ好奇心によるものか、あるいは悪い予感か、どちらだろうか。

 おれは明りの行列を追った。

 気配を消して近づく。行列の正体はすぐにわかった。行列の前後に、外套を頭からかぶったたいまつを持った者がふたり。

 そのふたりの間に、体躯から判断するに、成人男性だろう、三人がいた。三人は何も持っておらず、足取りもひどく重そうだった。

 外套の不自然な膨らみ具合から、たいまつを持ったふたりは短剣を所持しているのがわかった。たいまつを持つふたりに挟まれ三名は、気のみきのままの服装という印象がある。

 その行列は、森の奥へ奥へと進んでゆく。誰も言葉を発していない。

 なんだろうか。

 と、思ったとき、今度は、べつ方向から気配を感じた。

 それは、おれのことを森の闇の奥から監視していた。

 すぐにわかった。

 ああ、そうか、きっと、前にこの森でおれを襲って来た何かにちがい。気配の種類でわかる。

 あの謎の集団を追うおれを監視している。狙いが見えない。

 さあ、どうするか。

 おれは警戒しながら、行列を追うことにした。

 ほどなくして行列は森のなかにある小屋の中へ入っていた。小屋の窓はすべて板で閉じられていた。けれど、壁には隙間があり、中からたいまつの明かりが漏れていた。

 接近し、小屋の壁まで寄った。壁板の隙間から、中の様子をさぐる。

 中では、三人の大人たちが並べて膝をつき、地面へ座らされていた。とても敬意あたえられた座らされ方ではない。三人とも震いて、呼吸が荒かった。どう見ても怯えている。

 やがて、たいまつを持った外套を被ったふたりのうち、一人が何か、実のようなものを取りだし、三人のうち、一番左側の男に「口をあけろ」といった。「食え」

 けれど、その男は首を横に振った。

「金を返せないんだろう」と、外套の男がいった。「なら、これだ。契約を守れ」

 口をあけろといわれた男は、ゆっくりと口をひらいた。

 しかたない。

 おれは、足元もとに落ちていた手ごろな石を拾い、小屋の正面へまわった。

 それから、戸を二度、叩く。

「夜分遅く申し訳ない、道に迷ったんですが」と、戸の向こうから、ぬけた声でいった。「この小屋に明りが見えまして、聞いていいですか、道を」

 とたん、小屋の中が静まる。

 直後、戸の向こうから殺気が発生した。すぐに戸から離れて、後ろへ素早く下がる。すると、戸が乱暴に開かれた。

 外套を来た一人が抜き身の短剣の先を向けて来た、突撃だった。

 けれど、おれはもう大きく後ろへさがっている、間合いは充分だった。拾った石をその男へ向かって全力で投げる。石は額に直撃して、男の首が大きくうしろへよれ、倒れて、動かなくなる。

 すると、もうひとりのたいまつを持った男も短剣を抜いた。

「たっ、頼まれただけだよ!」

 けれど、男はすぐにその短剣を地面へ捨てた。

「俺はぁ頼まれただけだよ!」

 必死になって説明してくる。

「頼まれた」と、おれは問い返した。

「ああ、そうだよ! そうなんだよ!」もし、演技だとすると、名演技といえる訴え方だった。「こいつらに、こ、ここ、これ、食わせろ、って、言われただけなんだよ、し、仕事だよ、仕事なんだよ!」

 その発言に込めれたのは罠か、あるいは、依頼元に忠誠心がないのか。

 いずれにしろ、警戒はとてもとけない。

「食わせるって、なにを」

 問い返したとたん、男は手に持っていた、たいまつを小屋の端へ放った。小屋のなかには燃えやすい仕掛けがしてあったらしく、部屋のなかは瞬く間に不自然な青い炎が広がった。そして、炎が燃え上がった隙に、男は小屋を出て逃げてゆく。

 追うことをあきらめおれは小屋のなかへ入り、中にいた三人を連れ出す。三人とも、腰が抜けていたので、引きずるかたちだった。

 炎はまもなく消えた。幸い、雨がやんだばかりだったため、小屋の外部は濡れていたため、森に炎がうつることもなかった。

 朝をまって、おれは三人と、拘束した一人を連れ、森を出た。

 三人はみな、金を借り、返せなくなり、その返済の代わりに、あの小屋で、何かの実験に身を投じるようにいわれたらしい。拘束した一人は、やはり、ただ、依頼を受けただけで、依頼主も、依頼の目的も聞かされていなかったといった。三人に食べさせようとしていた何かは、小屋にたいまつを放って逃げた男が持っていってしまい、いったい、なにを食べさせようとしたのかは、わからない。

 近隣の町のしかるべきところへ、男たちをゆだね、おれは町を後にした。

 それからほどなくして、噂をきいた。

 あの森では、人体実験めいたことが行われていた。

 なにかを食べさせられ、それを食べたものは、絶命するか、あるいは、怪物になってしまうという。

 あくまで、噂だった。おれがあの小屋から生存者を連れて戻った刺激により生産された噂の可能性はある。

 きっかけは、わからない。

 小屋に炎を放って逃げた男がどうなったかも、わからないままだった。

 

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