ふいてわかる

 りゅうを倒すにはお金がかかる。追い払うのはそれより、安価で済む。

 だから、竜払いという仕事がある。



 竜を払う場面では、時としてある特殊笛を使うことがある。

 竜笛と呼び、その笛を吹けば、たとえば上空にいる竜の意識をこちらに差し向けることもできるし、森や洞窟に身を隠れている竜を、あぶりだすこともできる。

 笛の音は竜にとって、かなり不快な音らしい。そして笛は竜の骨を材料につくられていた。

 ある日、竜笛をつくっている顔見知り職人の男に頼まれた。

「すまんが、笛の出来を試すんで、ちょいと付き合ってほいしいんだ」

 笛の出来を確かめるなら、竜のそばで吹くのが一番だった。けれど、一番とはいえ、竜に近づくのは危険だった。そのため、職人が笛の出来を確認しに、竜のいる地域へおもむくとき、竜払いに同行を頼む、よくある話だった。これは竜払い協会を通して頼まれることもあるけど、個人間の面識有無でも、よく頼まれることがある。その場合、礼としては金銭のやりとりはせず、夕食をご馳走されるなどが多い。あくまでも協力関係だった。

 竜のいる地域までの同行を了承する。すると、さっそく出発という。

 ただ、目の前で出発の準備をしているのが、彼ではなく、若い女性だと気づいた。

 ひとつ結びの長い髪をしている。

「ああ、うちの娘です、わたしは忙しいので、今日は、こいつがかわりに笛の仕上がりをためします」

 説明され、顔を向ける。目が合うと、彼女は「はっ!」と一度、怯むよう声を出してから「すぃ、すいません、ふつつかな、感じは、あり、あるのですが! よろしく、で、です!」と、辿々しく大きく頭を下げて挨拶を繰り出す。

 その際、ひとつ結びの髪が、地味にこちらの頬をかすった。刃物なら大事故だが、彼女は気づきもしない。

 彼女は顔をあげると「でぇ、では、いざ、笛だめしの旅へ!」と、宣言し出す。

「あの、はしゃぐと絶滅しますよ」とだけ教えておく。

 笛を試すのは町から離れた山だった。いまは竜が数匹生息している、そして人間が生息していない地域でもある。水はけの悪い土地なので、人が住みにくいらしい。

 山に入る。斜面に生えた木々をかわしつつ、竜を探す。ほどなくして、小さな川辺に、猟犬ほどの竜をみつけた。笛の完成度を試すには悪くない大きさの竜だった。

 竜が小さいと危機に敏感すぎて過剰反応をするし、大き過ぎると笛の音が刺激になって暴れたとき危険になる。

 影の濃い木の後ろに身を隠す。竜はこちらに気付いていない。そこで。彼女へ「あの竜で試してみてください」と、言った。

 とたん、彼女は「あ、あ、は、はひ」と、慌てて、背負っていたものを地面へ、どすん、とおろす。

いや、その、どすんの音で、竜、にげるぞ、と思ったが、幸い竜は逃げなかった。

 そして、彼女を見ると、すでに笛を口にくわえている。

 竜笛は、手の小指ほどの大きさだった。

 彼女は笛を口にくわえたまま「では」と、言い、吹いた。

 こちらは竜の動きを注視する。

 竜は、なにひとつ反応を示さない。

 かわりに、近くの茂みがふるえ、猫が出できた。

 猫は無言で足元まで来ると鎮座した。

 彼女「こ、これは」と言い、ごくりと喉をならし「伝説の猫竜!」と述べる。

 その後、ちらりとこちらを見てくる。

「ない伝説をねつ造してまで、現実を拒否しない方がいいのでは」

 とりあえず、助言をしておいた。

 けれど、彼女は強い目をして言った。「ね、狙い通りの、笛の仕上がりです」

「特殊な親不孝を展開してますね」そう告げておいた。「山で」

「もう一回吹いてみます」

 こちらが発言する間もあたえず、彼女はふたたび笛を吹いた。すると、猫が茂みのなかへ消えていった。竜は不動だった。すると、彼女はまた、笛を吹いた。

 猫が、茂みから出てきて、同じ場所に鎮座する。

 そこまで観察し終え、ほどなくして悟る。「猫を自由自在に呼び出せるのか」

 そして、見返してきた彼女へ言った。

「狙ってないのに、新商品」

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