とくべつなあさ(3/5)
「こっちは大陸最強の始末屋」
彼女はギリアームを指す。
「ほんでもって、わたしは大陸最強の始末屋補佐」次に彼女は自身を親指で示す。「んで、時々、情報を売りさばく、情報屋」
聞かされた側の感想としては、じつに、ざつな自己紹介だった。
しかも、大陸最強、という大味にも大味な宣伝文句つきだった。おれもこの二十四だし、その部分をまるまる受け入れるには、高い精神力がいる。
場所はふたたび宿屋の近くの酒場だった。店内は、さっきよりは客はふえているものの、静かに飲んでいる者たちばかりだった。
おれたち三人は、まわりに客のいない席に座っていた。で、それはそれとして、全身が痛い。かなり、やつけられていた。とはいえ、気絶するほどでもないし、気絶なんて贅沢、できる状況とも思えなかった。
「そっちはヨルさんね、竜払いの。えーっと、むかしこのへんに住んでたんでしょ、いまは久しぶりに帰郷中ってね。ああ、いいの、いいの、いいんです、いいのですよ、うん、ぜぇーんぶ、知ってるから。あなたの名前も、年齢も。超絶調べ上げてるから、驚かないでいいの。もう驚く時間は、その、消化試合みたいなもんでしかないから。そこに生産性ないから」
ソラベという女性はそう述べて、息継ぎもほとんどせず続けた。
「いまのが、こっちが、そっちのことを知っているって説明ね。で、第二段の説明を開始、なんでわたしたちが、あなたにこうして絡むのかって? こうして、一杯おごってるのかって? そこ、疑問でしょ? はいはいはい、話す、話しますから。このギリアームは始末屋です。世にも、口べたな始末屋。でも、つよいです。強い、強い過ぎるぜ、というわけで、こやつは、これまでいったい何人の標的に言わしめたものか。まあ、言った通り、彼、基本的には、人間が苦手。でも、鹿が好き、ああ、わたしも鹿が好きな、鹿好事家。ってね。うん、いまのはヨルさんに我々の親近感を与えるための情報だから、忘れてもよし、です」
間断なくしゃべる。
「はいはい、ではでは、第二段の説明の後半開始。わたしたちは、最近、ある大きな始末の依頼を受けた。さっきいた、オオムって男を始末する依頼。始末といいましても、まあ、そのあたりは言葉あそびも含みつの、あれがあれであれな感じで、想像にお任せします。あ、殺し屋とは違うから。そこ、線引きあるから―――そいで、そいで、わたしたちはオオムを始末する依頼を受けた、そこまではいいでしょ? って、オオムのことは、知ってる?」問わたので、答えようしたら彼女が先にしゃべりだす。「あいつはさ、むかし、ただの竜払いだった。でも、きっかけがあって、人を斬った。そしたら、斬られた者の仲間があいつを狙い、その追手も斬って、その斬った奴の仲間があいつへ復讐しに向かったけど、それも斬って、追われて、斬って、追われて、斬って、追われて、斬ってるうちに、一大、やばい奴に仕上がって、気づけば伝説になってた男。漠然としかいえないけど、わたしたちは、その斬られた人のどこからか依頼を受けた。オオムを始末してほしいってね」
こちらがうなずく間合いもあたえない。
「あ、質問は最後に受け付ける、その時間はとるから、では、第三段の説明もこのままします」さらに、こちらの理解度合いも確認しないままソラベは続けた。「オオムを始末するためには、もち、オオムの居場所をみつけないといけない。でも、オオムはどこにいるかわからなかった。そこでわたしの能力の発揮どころになる。わたしは奴の居場所を探しているうちに、ひとりの女性の存在をつかんだ。アサ―――あの、カルって男の子の姉さんね。オオムが、彼女と結婚したって情報を手に入れた。けど、彼女の場所もまたわからなかった。そんなとき、カル少年がこの大陸にやってきた。あの子は素人だし、なりふりかまわずあちこちで姉の居場所を探して回ってた。で、その情報はかんたんにわたしたちの元へ転がり込んだ。だから、もしかすると、カル少年を見張っていれば、アサの方から近づいてくるかもしてない。で、アサをみつければ、オオムの居場所もわかるかもしれない。というわけで、わたしたちは影からカルを見張った」
「カルを見張ってたのか」
「変装は得意とだけいっておく」
変装が得意。
まてよ、そういば、いつかこの宿に初老の女性がいた、あれなのか。
いや、あるいは、背丈でいったら、鹿好事家の女性か。
見ると、ソラべは飲み物を口に含んでいた。浮き上がって笑みを誤魔化すためらしい。それから、あー、あー、と、声を出し、喉の調子を整えた。
そして、ふたたび、しゃべりだす。
「カル少年の近くにヨルさん、あなたのことも調べせせてもらいました。で、まー」間断なく話していたソラべが、妙に長い間をあけた。「あなたの性格とか、竜払いとしての、力量など」
露骨に含みのある言い方だった。
そういえば、やたら竜払いの依頼が立て込んだ時期があったような。
「あの」
おれが話しかけるのを「では、第四段の説明開始」そういってソラべは、はじき飛ばす。「だいじょうぶ、そろそろ終わりますので、説明」
ふと、顔を向けるとギリアームが「ごめんなさい」といった。
やましいことがあるのは確実だった。
「カル少年を見張っていたら、ついに今日、アサから会いに来た。しかも、オオムも一緒に。オオムは最強そうだけど、このギリアームも最強だから、あの場で激突って方法もあったけど、さすがに、カル少年と姉の再会を壊すほど、わたしたちは血も涙もないわけじゃない、血も涙もある、そういう心の液体は渇いていない。そこで、再会の場面が終わるのを待った。その後、あなたたちは、この宿へ戻った。そしたら、なんと、オオムは、あなたたちを追った。しかも、ヨルさん、あいつはあなたを狙っていた」そう話して、ソラべは「なぜ」と、問いかけてきた。
おれは「目がきにくわない、っていわれた」と、教えた。
「奥さん、とられるとでも思ったのかしら」
「とらない」
「男女の仲は、わからなんものですよ」
その種の話題が嫌いじゃないのか、ソラベは、けけ、と笑った。きっと、その笑い方に、彼女の本性が含まれている。
「ヨルさんがオオムに狙われたのは、こっちにとってはー、正直、好都合だった。オオムがヨルさんへ攻撃を仕掛けたら、その隙をねらって、ギリアームが攻撃を仕掛ける―――って、そんな感じよね、ギリアーム?」
ふいに話しをふられ、彼は、あわてて、頭を三度ふった。
「でも、ギリアームはいきなり、乱入したりなんかして、もし、ヨルさんに敵だと思われないように、先に顔みせしろとは伝えていた。ふわ、とした感じで。効果あったか不明だけど」
ああ、あれのことか。
まてよ。そういえば、最初にオオムから斬り掛かられたとき、おれは避けられていなかった。けれど、ぐい、と外套を後ろにひっぱられた気がした。それで致命傷を回避できた。
おれはギリアームへ顔を向け「もしかして、おれを助けてくれたのか」と、訊ねると、彼は、少し照れた。
そうだったのか。
となると、それで、オオムも彼の存在に気づいたのかもしれない。ゆえに、一撃即死可能な剣の攻撃から、打撃による楯の攻撃に切り替えた。あえて、おれを一撃で仕留めず、おれを痛めつけ、なぶり、どこかに潜んでいるギリアームの動向をうかがい、仲間なら今一度姿を見せて助けにくるだろうとか、画策でもしたか。
けっか、ギリアームも不意打ちは失敗に終わり、オオムも引き上げた。
となると、どうなんだ、オオムはまたおれを仕留めに来るのか。
「最期の説明」
と、ソラべは宣言した。
「この夜、ギリアームはオオムをやりそこなった―――じゃあ、わたし、こと、ソラべはそのとき、何をしていたのか。ギリアームとは別行動で、アサを追跡していた。アサの居場所を突き止めれば、オオムの居場所も副次的に特定できる可能性の高さを信じて。しくじったらまた探さないといけないし。で、わたしが突き止めた、アサの居場所。あれは、そう、ふたりの、まるで」
ソラベは眉間にしわをよせた。
「ふたりだけの次元」
奇妙な表現をする。聞かされても、うまく頭の中で処理できなかった。けれど、ただ、彼女は真剣だった。きっと、肌で体感したものを、そのまま言語化している。
「わたしたちは、オオムをこの町で始末することに失敗した。だから、これから、アサのいるあの場所まで行く。そこでオオムを始末する。それで、ヨルさん、あなたにもぜひ、一緒にきてほしい。この件、最後まで行くためには竜払いが必要そうなの」
ソラベは真剣な表情だった。
そして、こういった。
「だって、彼女は『竜母』だもの」
突然、現れた人間の話し、すんなりと信じるほど、おれは純真にして無垢ではない。
返事をあいまいにしつつ、おれは店を出た。すると、ふたりも追いかけて一緒に店を出てきた。
そして、通りで宿屋の主人、リンジーと出くわした。
彼女は酒を仕入れに来たらしい。小さな酒樽を持っている。
「まあ、ソラベ」
リンジーは彼女を見てそういった。
「あ、姉さん」ソラベの方は、リンジーを見てそういった。その後「しまった、事故再会だ」ともいった。
あ、姉妹なのか。
そういえば、顔が似てなくもない。
その後、ソラべはリンジーに、路上で小言を言われ始めた。おれとギリアームは、気をつかい、離れた場所で待機していた。なんとなく聞こえてきた内容は、不摂生な生活はだめよ、とか、髪がいたんでるよ、とか、お金はあるの、いまも小銭ぐらしなの、とかだった。
最後にリンジーは「ソラべ、いい? 無茶しちゃだめよ、ここぞというとき以外は」と、告げて、ソラべの頬を手で、もんだ。そして、小さな酒樽を持ち上げる。「またね」そういった。
ソラベは姉がかかえた小さな酒樽を見て「あ、ね、それ姉さん、わたしが宿まで運ぼうか………?」と、申し出た。
「ううん、これはわたしの役目。あなたは、あなたの役目があるんでしょ」
そういって、微笑んで続けた。
「でも、わたしが、ほんとうにあぶなくなったら、助けてね、期待しちゃう」
そして、ソラベは細い腕で小さな酒樽を抱え、宿へ戻る姉をそこから見送っていた。
まさか、彼女がリンジーの妹とは。
おれは思わぬ事実に小さく驚いていると、横でギリアームが、感情が高まった様子で「し……しまい………お……おたがいをおもう………や……やさしさ……………すてきじゃないか………すてきじゃないか………っ」と、つぶやき、涙ぐんでいた。
なんだろ。
このふたりが信用できるか、否かはさておき。心配になってきた。
むろん、竜母、なるものの件は、気になって、気になって、おれのなかで黒く渦巻いている。
はじめて聞いた言葉だったし、まだ言葉だけしか聞いていない。それでも、その言葉を見逃せなかった
けれど、なにかその響きの末端に、最悪の気配がある。
ソラべが戻って来ると、おれはふたりへ告げた。
「おれも連れてってくれ、その次元」
おそらく、生まれて初めて言った、文章だった。
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